朝ドラの劇伴音楽

NHK朝ドラ「カーネーション」でも、民放のドラマでも、最近聴こえてくるのは、アイリッシュ風の音楽が多いような気がする。

90年代にブームとなったアイリッシュミュージックは、当時「癒し」というキーワードとともに、ケルト音楽という言葉でくくられていた。

「エンヤ」は「ケルト」「癒し」音楽の代名詞となった感があるが、アイリッシュ音楽とは距離をおいたものと考えるべきで、この手の音楽が好きな方なら誰もが聴いている「チーフタンズ」は、アイリッシュ音楽の第一人者であると言える。

あまりにも有名になってしまったので、隠れアイリッシュミュージシャンを探す人もあるが、やはり彼らの音楽は素晴らしいし、他ジャンルの音楽家たちとコラボすることにより、シナジーある音楽を作っていることはまちがいないこと、彼らによってアイリッシュトラッドが世界的になったといっても過言ではないように思う。

アイリッシュ、スコティッシュ、音楽は、明治期から文部省唱歌として取り入れられたこと、日本伝統音楽の旋法と似ていることから、日本人に非常に馴染みやすい音楽であり、「蛍の光」「庭の千草」「故郷の空」が思い浮かぶ。

このことを学習したのだろうか、最近の作曲家の多くは、無難で何にでもあう劇伴音楽として、この手の音楽を提供することが多くなったようだ。

代表的なアイリッシュチューン、ジグとリールを少し勉強するだけで、そのリズムの上に日本流に言えば四七抜き音階で作ったメロディを載せるだけで、アイリッシュ風の音楽が出来上がるというものだ。

事実朝ドラ「カーネーション」では、恐らくダブルジグだと思うが8分の6拍子のリズムを、「バウロン」あるいはそれに似た太鼓で刻んだものがいたるところで使われている。

一番耳に入ってくるからそれだけを聴くと、アイリッシュトラッドからの引用かと思うが、「佐藤 直紀」という作曲家が作ったものだという。

ウイキによるとこの人、相当な数のTVドラマやCM,映画の音楽を担当しており、知らずに小生が見ていたものの中にもこの人の音楽はかなり多く使われていたらしい。

カーネーション -オリジナル・サウンドトラックで確認すると、「夢への一歩、かけちがい、岸和田!」とタイトルされた劇伴がアイリッシュ音楽に似たものであった。

見本を聴くとジグだけでなく、リール風な音楽もある事がわかり、他のジャンルではフラメンコ風の音楽、そしてデキシーランドジャズ風とバラード風の音楽がおりまぜてある。

音楽の万博といった感じで、それらが全て劇伴として合うかどうかは疑問だが、あまり音楽がでしゃばらなく、しかも聴こえてくるのはどこかで耳になじむものばかりだから、そういう意味ではなくてはならない音楽ではなくあってもじゃまにならない音楽、劇の内容とは全く関係のない音楽といってよいだろう。

しかしアイリッシュ音楽に似せた太鼓のリズムは、いやおうなしに耳に残るから、アイリッシュ風音楽に限って言及するが、「夢への一歩」の音楽を聴いて、チーフタンズが演奏するアイリッシュトラッドに、あまりにもソックリなのに驚いてしまった。

リズムにバウロンを使いアイリッシュ風のメロディを乗せればアイリッシュトラッドおよび其の変形に近くなるには当たり前といえば当たり前だが、この音楽はあまりにもアイリッシュトラッドクリスマスキャロル 3隻の船/I Saw Three Shipsと似すぎている。

The Gothard Sistersが演奏するものはギター、バウロン、フィドルだけだから、劇伴音楽との比較が容易だろうと思う。



以前の朝ドラ「てっぱん」の劇伴音楽についてもおなじようなコメントをしたことがあったが、最近の若手作曲家の劇伴音楽、イージーな作りこみをする人が多くなったような気がしてならない。

「踊る大捜査線」の「松本某」はラヴェルそっくりだし、「てっぱん」の主題歌を作曲した「 葉加瀬某」はレノンマッカートニーの「goodnight」を模倣して、しかも劇中に日本人歌手による挿入を入れてしまうことまで平気でやってしまった、またこの人サンーサーンスの「白鳥」からホトンドを引用した劇中音楽とした。
女流作曲家「菅野某」に対する疑惑は某有名掲示板でも盛んに指摘されている。

その他にもこの手の劇伴作品(といえるかはわからない)には「模倣」「引用」というより、もっと汚い言葉のほうが似合うと思うぐらいのことを平気でやっているのが散見される。

古今東西あらゆる音楽が造られてきて、今や全く新しいオリジナル曲などは望むべくもないからなのか、それとも速く簡単に納期までに間に合うものとして、過去の財産を真似てしまうほうが手っ取り早いからなのか、あまりにもこの手の音楽が目につきすぎて嫌になり諦めになってしまう。

視聴者にバレ無いと思っているとしたら視聴者を舐めきってるし、バレルと思っているのなら、あまりにも大胆不敵すぎる。

おそらくは先達の誰かがやったことを知っていて、そしてそれがどこからもお咎めを受けないことから、楽で儲かることの欲求から、禁断を破ってしまったのではなかろうか。

少しモディファイしておけば、ソックリであるが模倣したとは言えないから訴訟されても敗訴はないし、模倣の相手が今回のようにトラッドであれば「編曲」であると言い逃れもできてしまう。

実によく用意周到に考えてのことで、単なる思いつきでもないことに、危うさを感じてしまう。

おそらくは、採用する側もそのことを承知、なんとでも言い逃れできると踏んだ上でのことだろう。

こうなると恥やプライドというものなどは全く無くなってしまって、そこにあるのはただ資本の論理だけという悲しい結論になる。

今回の例のように、こんなにも似ていてもとソースが見え見えのものを作るのなら、オリジナルを採用したほうがどれだけ良かったことか。

罰や罪にならなければ何をやっても良いという考え方にに「芸術」という仮面がつくから余計厄介なことになっている。

劇伴音楽を金儲けの手段として、本来自分が作るべき音楽があればまだしも許せるが、目的化されてしまってはどうしようもない。

しかしこんなこと、ほんの一部の人間が騒ぐだけで、so it goseなのであろうし、最近、こういうことに気が付かないことは、幸せなのだろうと思うことがある。

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そんな事より「チーフタンズ」の「bells of dublin」を聴くことにする。
6曲目にはマリアンフェイスフルが歌う「三隻の船を見た」」が収録されている。



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by noanoa1970 | 2011-12-02 16:41 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(6)

Commented by cyubaki3 at 2011-12-02 22:40 x
レノン、マッカートニーはアイルランド系なんですよね。昔、ビートルズはシューベルトの一般にはあまり知られていない歌曲を剽窃しているという話を読んだことがありますが本当なんでしょうかね。プロデューサーのジョージ・マーティン(オーボエ奏者)が入れ知恵していたとか。
Commented by noanoa1970 at 2011-12-03 08:51
cyubaki3さんおはようございます。
ビートルズとシューベルトの件で思い当たるものは発見できていませんが、ジョージハリスンの「My Sweet Lord」は米国オールディーズの「シフォンズ」がカヴァーした曲であると思いました。しかし原曲はもう少し古いもので、彼は盗作として裁判になって敗訴してしまったという事件がありました。
少なくともビートルズの1960年代では、「パクリ」は後ろめたいものだという感覚があったのだと思います。しかし、現在の作曲家の中には、それが当然であるかのようにして、平気でやってしまい、うまくカモフラージュさえしているものを見かけますから、質が悪い。盗作訴訟は勝訴が難しいからと舐めきっているとしか思えません。「引用」したと堂々といえばよいのに、芸術家の変なプライドがそうさせないのでしょう。
確信犯的作曲家は我慢ができません。
Commented by Abend at 2011-12-09 00:10 x
sawyer様、こんばんは。
最近は、TVドラマのテーマ曲にインパクトの強いものがなくなって来たというのが実感です。内外のテーマ曲を集めたCDを何種類か持っていますが、子供の頃に見ていたドラマのテーマ曲には、やはり心ひかれます。映画のテーマ曲も同様ですね。
Commented by noanoa1970 at 2011-12-09 18:14
Abend さまこんにちは
ブルックナーの6番を聴いていて、ヴィクターヤングの「80日間世界1周」の音楽を思い出して、それから1960年代初期に見た「タラスブーリバ」の音楽を聞きたいと思ってyoutube
を当たると、フランツ・ワックスマンの代表的映画音楽のオムニバスがありました。この人なかなかのものです。あまり小生の中には存在しませんでしたが、見直しました。
ブル6はいつも大スペクタクル映画音楽を彷彿させます。
Commented by Abend at 2011-12-10 19:08 x
sawyer様、こんばんは。
ワックスマンの『カルメン幻想曲』は、サラサーテのそれより有名でないのが惜しいほどよく出来た曲です。ハイフェッツのコンサートピースとして作られた曲ですから、ヴァイオリンの超絶技巧も楽しめますが、私は原曲のエッセンスの選び方と繋げ方が上手いなあと思いました。このあたりが、映画音楽の作曲家として名を成した彼の才能でしょう。
Commented by noanoa1970 at 2011-12-11 09:37
Abendさま
古の映画音楽の作曲家の作品を聴くと、映画および原作、脚本を熟知して造られたとおぼしきものが良く見受けられます。ところが我が国の最近のものは、過去の作品の一部を繋ぎ合わせたようなものばかりで、映像無しでは聞くことができないような貧弱な作品ばかりで、嫌になってしまいます。
先日も朝ドラでブラームスの3番交響曲3楽章の有名なメロディを模したものが堂々と使われていました。ここまでやるかと思いましたが、過去の遺産もこういう人の手にかかると、ルパートされるだけされてしまっていて、どうしようもないのですが、ところどころ変えているので「盗作」とは言えず、むしろそこを上手に狙い利用して、多くの作品を仕上げて金にするといったいやらしさが見え見えです。
最近はこのようなことを指摘する一般の視聴者が増えてきた傾向があるので、そのうちこのような似非芸術家は駆逐されることと信じています。むかしの映画音楽を聴くと気分が良くなるのは、作品に対する「真剣さ」故なのかも知れません。またクラシック音楽の素養を併せ持つ映画音楽作家が多くいたこともあるのかも知れません。