カラヤンの歴代ベト7

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久しぶりにカラヤンの1983年録音のベト7を聴いた。
カラヤン最後のベト7録音で、カラヤンが75歳の時の録音である。

聴いていて気が付いたことがあって、それは体感スピードの速さであった。

「シルクのベルベットの紳士服を着たカラヤン」の演奏と例えたことがあった、VPOとの1958年DECCA録音は、もう少しゆったりとしていて、優雅でもあったから、それと頭の中で比較をすると、どうしてもこの晩年のカラヤンの演奏は年寄り臭がなく、一般的であるが、たいていの指揮者が晩年はテンポがゆっくりになる傾向があるにもかかわらず、何故か83年のカラヤンは、とても快速に飛ばした演奏のように聴こえた。

体感(聴感)速度というものは、音楽に関ししては、あまりあてにならないことがあるから、一応の参考になるだろうと、先ずは客観的的データとして演奏時間を調べてみた。

データ収集したのは5種類
①フィルハーモニア管弦楽団1953年
②ウイーンフィルハーモニー管弦楽団1958年
③ベルリンフィルハーモニー管弦楽団1961年
④ベルリンフィルハーモニー管弦楽団1976~1977年
⑤ベルリンフィルハーモニー管弦楽団1983年

1楽章 2楽章 3楽章 4楽章  トータル
①12:40,9:07,8:27,7:04・・・37:13
②11:44,8:39,7:42,6:43・・・34:48
③11:23,7:57,7:48,6:36・・・33:55
④11:18,7:58,7:12,6:27・・・32:55
⑤11:11,7:40,7:28,6:24・・・32:54

カラヤンはどれもリピートはしてないから、同じ条件の比較である。

意外なことに、録音が新しくなるに連れ演奏時間が速く、したがって恐らくテンポも速くなってきている。
フィルハーモニアと最後のBPO演奏では、4分強の差がある。
いつも聴いているVPOとの差は2分弱。

BPOでは2楽章がどれも7分台とほぼ同じなのに対し、フィルハーモニアとVPOでは9分、8分と演奏時間が長くなっていて、聴感速度もゆったりとしたテンポをとっていることが分かるが、この辺り、BPOと組んでからカラヤンの解釈に変化が出てきたのだろうか。

カラヤン壮年期のフイルハーモニアとの録音が演奏時間が長く、テンポがゆっくり(聴感的にはVPOと同じぐらい)なのは不思議といえば不思議で、推測できるとすれば、カラヤンは一斉を風靡してから裕福になり、スポーツカーや自家用ジェットまで購入し、免許が切れる晩年にはヘリの免許を取得したほどのスピードマニアであったことと関係があるのではないかと思ってしまう。
分単位での生活様式が演奏に影響を与えた結果であるとは言えないだろうか。

Lush Lifeがrush lifeとなったカラヤンは、演奏スタイルまで変化した。
若しくはBPOとの付き合いの中で、テンポを速くしたほうが良いことの何かに気が付いたのか。

改めて5種類を聴いてみたが、以外に良かったのがフィルハーモニア管弦楽団との演奏で、テンポといい解釈といいVPOとの演奏に類似している。
オケの実力もVPOと遜色ないが、録音のせいもあるだろうが、VPOのほうがよりクレッシェンドの扱いにリニアさを感じ入る。
しかし各楽器パートの技術力もさることながら、息があっているという点ではVPOを凌駕するようである。

第2主題が直前のフルートが導入する弦楽器との掛け合いは、フィルハーモニアもVPOも見事な丁々発止、この部分を聴くとぞくぞくしてくる。

61年BPOとの録音では、前2つの演奏の解釈とはほとんど変化がないようだが、76年のBPOはレガート気味な所が出てきたために、最後の音が長めではあるが、全体のテンポと調和してなく、小生が注目している、フルートの駆け引きの所では、ブラウ、ゴールウエイ、ツェラーのいずれかが吹いていると思うが、テンポ設定と間のとり方が芳しくなく、フルートと弦パートの会話、あるいは駆け引きという洒落た感じが表現されない。
併せるといった所がなく、ソロとしてのフルートが前面に出てきてしまったように感じられた。

この傾向は83年録音でも顕著に見られることで、カラヤンらしい丁々発止あるいは対話というような、じっくりとした楽しみがなくなって、まるで喧嘩腰の言い合いのようになってしまったのは至極残念である。

晩年になるに従ってのテンポアップを、カラヤンの精力の証と取れないこともないが、残念ながら、83年盤では、去りゆく老兵の最後の足掻き姿を見るようで、ベト7演奏としては評価できない点が多すぎるように小生は思っている。

カラヤンはすべてのことをやりつくしたと思われがちだが、果たしてそうだったのだろうか。
老い先短いことの焦りはなかったのだろうか。

小生はそれらの裏返しが、テンポに表出されているように思えて仕方が無い。
多くのものを背負い込むように、自らなっていった果てのカラヤン、いくら帝王と呼ばれようが、一人の人間にすぎないのだから、もう少し異なる人生ベクトルを発見していたら、このような演奏スタイルにはならなかったことと強く思うのである。

しかしカラヤンの演奏は、どれを聴いても失敗作がないのは、流石であるというフォローもしておかねばなるまい。

あくまでも小生の試聴結果では、年代の古い順に良い(好きな)演奏だと言っておく。(フィルハーモニアとVPOは同等の好み)

果たしてカラヤンは、このことをどう思っているのだろうか。
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by noanoa1970 | 2011-11-22 11:54 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(10)

Commented by こぶちゃん at 2011-11-22 14:31 x
フィルハーモニアとの演奏が良かったのは、大物プロデューサー:ワルター・レッグの方がカラヤンよりも権限が強かった為でしょう。
傍若無人でスケールが大きく、誰の言うことも利かないと言われるクレンペラーを担ぎ上げたのは、カラヤンがBPOに就任してしまった後と言われています。
うるさ型の大物プロデューサーからカラヤンは逃げたのかもしれませんよね(笑)
Commented by noanoa1970 at 2011-11-22 15:16
こぶちゃんさん
ワルター・レッグの力が相当強かったらしいことは知っていましたが、オケや指揮者の育成に関してはドウだったのでしょう。カラヤンとレッグに関するエピソードがないか探ってみようと思います。
Commented by Abend at 2011-11-23 21:34 x
sawyer様、こんばんは。
1970年代後半以降のカラヤンには、脊椎の病気や脳梗塞で倒れたことが、身体のみならず精神面にもダメージをもたらし、音楽にもその影響が少なからず出ていたのではないでしょうか。タイム上の速さも、スピード・マニアでエネルギッシュだった時の場合とは質が異なるのでしょうね。
Commented by noanoa1970 at 2011-11-24 04:50
Abendさまおはようございます。
もう少し長生きしていたら、DGの看板指揮者になるはずであったフリッチャイとは、正反対ですね。
新世界交響曲を例に取りますと、難病で入院する前のRIAS響との演奏は超特急でザッハリヒすが、その後のBPOとの録音では各駅停車だが良く歌う演奏に変化しました。病気の影響がこのように違うのも、2人の性格を表すようで面白いところです。演奏にも違いは良く聞き取れると思います。世界最遅(多分)の運命を聴くと、フリッチャイの諦観のようなものに出会えます。
Commented by Abend at 2011-11-24 23:14 x
sawyer様、こんばんは。
フリッチャイは40代初期より10数回もの手術を受け、精神的にも衰弱しつつ仕事をこなしたことが、死期を早めてしまったといえるでしょうね。死因となった病気にも諸説があるようですが、死を覚っていたのは確かだと思います。
カラヤンは急逝ですね。ソニーの大賀典雄と話している最中でしたが、来客と話している最中に急逝した人では、私はカラヤンと作家の夢野久作しか知りません。
Commented by noanoa1970 at 2011-11-25 08:40
Abend さまおはようございます。
死に至る病が徐々なのか急なのかによってその後の生き方が変わるのかも知れませんね。
カラヤンはSONY移籍の直前のことだったらしいですから、その事で大賀と話している時だったのでしょうか。
Commented by Abend at 2011-11-25 19:07 x
sawyer様、こんばんは。
大賀典雄が、ソニーのドイツ法人社員とともに移籍のことでカラヤン宅を訪問し、カラヤンは体調不良でベッドに寝たままで応対したようですね。長年在籍したDGからソニーへ移籍する直前の急逝には、何かミステリアスなものを感じます。
満身創痍の状態で長命を保ったクレンペラー、不慮の事故で若くして亡くなったカンテルリやケルテスなど、指揮者の運命は実に多様ですね。
Commented by noanoa1970 at 2011-11-25 21:05
Abendさまこんばんは
そうですか、ベッドに横たわって対応したというのなら、相当体調が悪かったのでしょう。刺激の強い何かの話があったのではないかなどの推測をついしてしまいそうです。

指揮者の死はいろいろですが、最も稀有な死、ピストル自殺といれているケーゲル、原因らしきものは、東西ドイツの統一に際し、社会主義者としての信念、指揮者としての生命がなくなると思った云々、ウイキペディアに書かれてありますが、どれも納得できそうにもありません。他の説は有るのでしょうか気になるところです。
Commented by Abend at 2011-11-25 23:09 x
sawyer様
東西ドイツ統一以前から、ケーゲルが深刻な鬱病に罹患していたらしいという説以外は知りません。クラシックの作曲家でも、自殺未遂のケースはありますが、自殺で死んでしまった作曲家は思い当たりませんね。ルネサンス期のジェズアルドのように殺人を犯した作曲家はいますが。
Commented by noanoa1970 at 2011-11-26 09:36
Abendさまおはようございます。
ジェズアルドは以前スカルラッティのスターバトマーテルの余白に入っていたAve,、dulcissima Mariaを聴いてそのモダンな響きに興味を持ちました。それで当時加入していたNAXOSでマドリガルMoro, lasso, al mio duolo(私は死んでいく、苦悩のために)を聴き、半音階や不協和音が散りばめられていることに驚いたものです。これらを殺人と関係付ける説もあるようです。