2つのコンヴィチュニー/LGOのブラームス交響曲1番

この素晴らしい演奏の録音が廃盤となってから久しいが、復刻ブームの今日でも、2001年に相次いで発売となったBOX盤中にも、なぜかこの演奏録音は入らなかった。

ブラームス1番は日本人好みの上位の曲、コンヴィチュニーに興味ないクラシック愛好家でも、ブラームス1番の音源をコレクションしている人は多いから、きっと多くの方が聞きたいと思っているに違いない。

しかし未だに復刻発売されないのはなぜなのか。
恐らくCDで国内発売されたケースはなく、かつてLPではオイロディスク盤の単独販売、廉価盤コロムビアダイヤモンドシリーズで発売されて、ブロニスラフ・ギンペル/ヴイオリン、アルトゥール・グリューバー指揮/ベルリン交響楽団のバイオイン協奏曲とカップリングの詰め込み盤で80分もの長時間収録LPであった。

しかしCDは、1990年代ドイツのARS VIVENDIレーベルから発売になっただけで、これには同じ内容の2つのジャケットでの発売があった。
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国内廉価盤
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現在版権はいずれにあるのか分からないが、廃盤となって久しいので、ぜひともリマスターの上、再復刻発売していただきたいものだ。

さて、本日話題にするのは、上記の同じ音源の音盤ではなく、もう一つ別演奏のブラ1のことである。
正規のエテルナ音源としてオイロディスクから発売され、1962年コンヴィチュニー最後の録音として知られる音盤以外に、1960年LGOとのライブ録音が存在し、これは恐らくURANIA音源だと想像するが、それを復刻したものだ。

裏青盤とよばれ、こういう非正規盤を話題にすることはタブー視されてきたが、多分その理由としては版権の問題と、それが本当に表記通りの演奏者のものか、情報が信用に当たらないからという理由だったように思う。

しかし、情報の正確性云々は、大手CD制作販売会社だっておかしかったことがあり、責任と信頼にによる安心感、精神安定剤を得るについては、大手の会社の所謂正式盤であるから安全とは言えないし、安心できないということが明らかになってきた。

版権が明確な上でのコピー盤は除外しなけれてばならないが、正規盤非正規盤という名称、今ではあまり意味がなくなっているのではないだろうか。

裏青盤という名称は、闇とかアンダーグラウンドとか、非合法のような意味を背景に持つようで、あまり好きな言葉でないが、裏が青いのは事実である。

青裏盤、画像も出すのもためらっていたが、もうそういう時代でもないから、出すことにした。
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演奏時間は一部を除き聴感上も正規盤とはかなり違っていて、
ライブ盤42分12秒、正規盤48分19秒と、リピートを考慮しても余りある、約6分もの差がある。
演奏録音は1960年4月となっていて、正規盤の1962年とは別演奏のように見える。

ライブ録音の本CDも裏青盤であるが、入手したのは京都のレコード屋の老舗十字屋である。
HOSANNAという裏青盤専門?レーベルは、今や裏街道を歩いてばかりいないようで、マイナーレーベルの扱いとなっている感がある。
発売されてるCDを見ると、それこそマイナー演奏家、レア音源専門のレーベルといって良いだろう。

良し悪しは別として、普通であれば決して世にでることのない音源の音盤が沢山存在するから、特化したファンには答えられないだろう。

本日のCDもそのHOSANNAから発売されたものである。

情報は全くなく、録音年と演奏者、演奏時間が記載されているだけの、今にも素人の個人趣味的な、イヤそれよりももっと手を抜いた、表紙だけのジャケットで、非常にプアーでチープに写るものだが、レア音源、中身で勝負といったところに存在価値があるようだ。

前述の正規版が未だに復刻されてないのは、なぜかという問題であるが、オリジナルマスターに瑕疵があるのか、紛失してしまったのか、また悪夢のような演奏者違いが分かった、オリジナルはモノーラル録音だったとか、そのあたりの問題があったのか、ヤル気がないのか、あれだけの演奏録音が復刻されない理由として、あらゆることが想定されることになる。

小生はこの録音、1962年のETERNAだとすれば、音質を見ると、あまりにもETERNAの実力とは違うので、1962年ではなくもっと古い録音、モノーラル録音の擬似ステレオ発売で、モノーラルオリジナルマスターでは無くなってしまっていたと推測してしまうが、そんな推測をさせることは、例のブル4問題があったからこそであろう。

正規盤の音源を、モノーラル録音の、しかもライブ音源であったと言う人まで現れることになった、いわくつきのものだ。

以前小生は擬似ステレオではないかという推測記事をかいたことがあったが、東ドイツというハンディがあったにせよ、1962年録音とされる音盤の音質は相当良くないと思ったのが、擬似ステの論拠の1つであった。

もしこのことが事実とすれば一層のこと同一演奏であることの可能性が高まるし、事実でなくても違うか同じであるかという問題ハ、依然として残存する。
事実であれば、先程あげたライブ録音が、正規録音盤と同じ音源である可能性が出てくるし、もしそうでないのならその理由を、実際に比較視聴することによって確認しようと思ったのが、今回のブログ内容である。

同一演奏なのか
これは聞き比べると一目瞭然だが、聴感上ではハッキリ別演奏だと言えるのではないだろうか。

拍手が入るからとか、随所に観客の咳が入るからとかの理由でないものとして、展開部のリピートの有無、ライブ盤でのトランペットの異常とも思える前面露出はマスターリングや編集では恐らく消せないだろう。
テンポ設定もライブはすこし速めである。
終楽章低弦が第9に似たメロディを奏でるときの、出だしアインザッツがすこし乱れる正規盤、隙がなく合っているライブ盤。

聞き終えてざっと印象に残るものだけでもこれだけ有る。

細かい所の違いはたしかにあるし、テンポ設定、リピートの有無の問題は確かにある。
しかしオーボエソロの奏法と音質は両者ともにそっくりであるし、ペーター・ダムらしきホルンの演奏も音色も両者共に素晴らしい。

大きく違うのは、ライブ盤1楽章の2分13秒付近、正規盤1分56秒付近の、トランペットの前面露出で、ライブ盤出はかなり強く長く引っ張っているが、正規盤では埋もれるぐらい小さく演奏される。
ライブ盤は比べると、正規盤よりアップテンポといったが、その事はそう感じる部分が、特徴的で印象的だっただけで、実際にはライブ盤より正規盤が、少なくとも指摘部分までは早いのは、ライブ盤がテンポをかなり動かしていることによるのだろう。

聴感上の速さ時間と時計時間は、大幅にずれることはよく経験することだ。

このトランペット、マスターリングや編集で処理が可能であったかどうかが分かれ目のような気がする。
今までの音盤での経験では、リピートもカットすることは可能だし、拍手や咳もカット可能のはずだが、これほどの前面露出、しかもオケの中に混じってのことだから、それだけいじることができるのだろうか。

トランペットを含めて、あちこちいじりすぎたことで、全体の音質に影響が出たのだろうか。

デジタルリマスターリング技術は相当なものがあると聞くから、音程は変えないで、テンポだけを早くするとか、そういったテクニックは有るだろうし、そして少々合ってないアインザッツなども、修正可能だとすれば、
この両者の演奏は、明らかにコンヴィチュニーであろうスタイルと、コンヴィチュニー節が感じられるから、コンヴィチュニーの演奏に間違い無いと断定する。

しかし異演奏か同一演奏かについては、聴感上の違いだけに頼れば、異演奏という結論となる。
しかしもともとの意図が、同じ音源を別ヴァージョンの演奏に見立てることにあったとすれば、そこに他にも多くの技術的ななにかが加わったという可能性も捨て切れない。

2つのコンヴィチュニーのブラームス、別バージョン演奏なのか、同一演奏のオリジナルマスターの技術的変化の産物なのか、すごく判断が難しい。

聴感を邪魔するもので、さもありなんとされるような、マスターテープを技術的にいじって改ざんしてしまえば、それを聴いての判断などは誰しも困難だ。
そういう時代・・複製時代と贋作時代が一緒になっているのが、現在の姿である。

聴感を信じることにして、小生は別バージョンの可能性が高いと言うことにする。


以下の文章はすこし際どいところがありますから、読まれる方に事前のインフォメーションと注意をいたしたくおもいます。
読み飛ばしていただければ幸いです。


このことはモノーラルライブ録音を、あたかもステレオのスタジオ録音であるかのように、しつらえてしまう行為と同じことで、いわば贋作といって良いことだ。

骨董に贋作場多いのと同様、録音音楽の世界も、同じことが無いわけはなく、録音数が少なく、ステレオ録音になると極端に少なくなるコンヴィチュニー、しかも根強いファンが存在していて、あらゆる音源を探す状態にあるのだから、音盤贋作師が活躍、暗躍てもおかしくはなく、感性領域であるから、骨董よりもだましやすいしだまされやすい。

骨董と違うのは、客のリテラシーで、骨董の客は市場にあるものの中では、本物のほうが少なくて、騙すのも騙されるのも承知の世界がある。
したがって「目利き」と称される達人になりたいために、巨額を投資するものも多い。

ところがクラシック音楽は「芸術」という仮面があり、その上クラシック音楽愛好家はお人好しが多いのか、騙されたことがわかっても、怒る人は数少ないようだ。
さらにそのことに気が付かないでいる人も少なくない。

ポカミスだから仕方がないとか、モウ時効だとか言う論調に惑わされず、喩えポカミスにしろ、意図してやられたにせよ、其のお先棒を担ぎ、少なからず利潤を得たメーカーは、その音盤を購入し所有している愛好家に対し、現物確認の上、新しい音盤を無償で提供するぐらいのことがなぜできないのか。

これヨーロッパでのポカミスが原因の誤表記だから、そして50年もたっているから、もうなかったことにしようとばかり、現存しているメーカーからはなんのコメントもなく、シャアシャアと、これが正しい音盤ですよ、と言うだけにとどまるのは、あまりにもユーザーに対して礼節を書くものと思うがいかがだろうか。

一番残念なのは、このような問題に直面するたびに、懐疑的な耳で対処しなければならなくなってしまったことである。

今聞いている音楽が、果たして表記通りの演奏家や表記通りの録音月日のものかどうか、そんな事が気になってしまうと、音楽其のものを聞くことができなくなる。
演奏比較視聴が真偽探索視聴になってしまうこともあるぐらいだ。

誰にも間違いは有るだろうが、それがわかった時点、小生はコンヴィチュニーのブル4問題は、もっと早くかららわかっていて、ある時点からブル4は発売しなくなったことで推測可能だと思うが、わかった時点で情報公開すべきことだと思う。

ブル4真偽問題はまだ決着は付いてないと小生は思っているが、それは某評論家が情報源を明らかにしないまま、大手CSショップのコラム、そればかりか今回復刻再発売となったCDのラーナーノーツにまで書いたこと、メーカー販売会社はいまだに黙りを決め込んでいることからだが、もしメーカーサイドがそのように認めるのなら、きちんとした情報源を明かし、その上でのインフォメーションが必要であろう。

非正規盤についての言及を控えるエチケットやマナーを持っているクラシック愛好家を、あまりにもバカにすると、痛いしっぺ返しがくると思うのだが、小生もそのマナーの中に今までいたが、これからはそこから抜け出し、青裏盤についても言及することに決めた。

正しい情報管理が行われ、したがって音源、演奏家、録音日時などに誤りはなく正しいとされるものだから、正規盤とまで呼んで、愛好者に信頼と安心安全を与えてきたと信じてきたが、もうその事は幻である。
それに版権のない若しくはあいまいな音源を扱うことは、違法でもなんでもないはずだ。
まして著作権切れの歴史的音源は、自由に扱って良いことになっている。

過去のチョイミスでしたと、音楽評論家に言わせ、販売会社メーカーの自分たちはだんまりを決め込んでしまう。
そればかりか、なし崩し的に、これが正しいですよとばかりに、復刻再発売する姿勢、どう考えてもおかしくないだろうか。

大手を中心にいま,CSRが盛んであるが、CSとともにこれらのことは、小さく些細なことの認識しかないようだが、CS、CSRの根幹をなすものであろう。

QC、TQCという品質保証の考え方を実践し、体質を改善する目的で、様々な企業が取り組んだが、形だけで終わったところもあったようだが、まさにCS、CSRも掛け声だけに終わっているかのような対応である。

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by noanoa1970 | 2011-11-07 16:32 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(11)

Commented by Abend at 2011-11-07 19:12 x
sawyer様、こんばんは。
下記のショップでのコメントにこうあります。
>録音:1960年4月4日、モノラル。どちらかと言えば堅苦しいス>タジオ録音とは全く違う側面をライヴで見せるコンヴィチュニー。 >ここではさすが、弦楽器を前面に出した古風な演奏ながら燃焼>度は無類。
http://www.cadenza-cd.com/art/h_to_l.html#HOSANNA

存在は知っていましたが、未聴です。別演奏と見ていいのではないでしょうか。
Commented by Abend at 2011-11-07 21:04 x
sawyer様
Ars Vivendiから出ていたCDの情報を見つけました。
http://d-nb.info/1000376494

"Die letzte Aufnahme des großen Dirigenten"(偉大な指揮者たちの最後の録音)というタイトルで、Magna-Tonträgerというところが発売元のようです。
気になるのは、MRC 023、Ars Vivendi 2100123とあるところです。MRC 023もArs Vivendiから出ているのに、MRCというのがレーベル名のような印象を受けます。
Commented by noanoa1970 at 2011-11-08 09:40
Abend さま、こんにちは
情報感謝いたします。
コンヴィチュニー最後のの録音といわれるのは、"Die letzte Aufnahme des großen Dirigenten"からかもしれませんね。http://bluegourd.jugem.jp/?month=201105の中で面白い記述を見つけました。Magna-Tonträgerが西ドイツの会社であったということです。1989年のCD化だと仮定すると、ベルリンの壁崩壊前に、シャルラプッテン音源を、西ドイツMagna-TonträgerでCD化Ars Vivendiが発売したということが考えられます。Ars Vivendiの2つの異なるジャケット、番号は、片方が通販専用、片方が店売りではないかと推測しますが、よくわかりません。小生所有はMRC023となっている建物のイラストのものです。Ars Vivendi 2100123が

美術館のようなジャケットだと思います。
Commented by noanoa1970 at 2011-11-08 09:41
続きです
ショップのCD評は、小生の感想とはすこし違うのですが、弦楽器を前に出したと言うより、録音などのせいで金管楽器が奥に引っ込んだ感じになってしまっているといっていいでしょう。トランペットの物凄く飛び出る長い前面展開を聞けば、録音(マイク位置と性能)のせいだということが分かると思います。コンヴィチュニーが管楽器を意識して抑えたということは無いと思います。
「マエストロ最後の録音」という企画は素晴らしいですから、どこかでやっていただけないものかと思います。
Commented by Abend at 2011-11-08 20:00 x
sawyer様、こんばんは。
Magna-Tonträgeの情報、ありがとうございます。私が所有しているのは2100123の方です20年ほど前に十字屋で購入しました。こちらはジャケに"Die letzte Aufnahme des großen Dirigenten"とその英訳が記載されていますが、MRC023の方は"GROSSE DIRIGENTEN DER VERGANGEBHEIT"(往年の大指揮者たち)になっていますね。また、絵の建物は初代ゲヴァントハウスのように思いますが。
見落としていましたが、2100123のライナーノーツに"magna MUSIC"と記されています。
Commented by noanoa1970 at 2011-11-08 22:42
Abendさま、こんばんは
2100123の方は、ライナーノーツ充実しているでしょうか?オークショオンで入手したMRC023は、たった見開き1枚と寂しい限りです。このあたりに両方発売された秘密があるかもれません。建物はゲヴァントハウス会館で間違い無いと思います。発売年は記載がないしオークションで落としたのは発売後しばらくたってのことでしょうから、推測もできませんが、紹介いただいたところに1989?とありました。東ドイツではこの年にはCD化技術がなかったのでしょうか。「偉大な指揮者最後の録音」の企画のために、シャルラプッテン(ETERNA)音源を購入したのでしょうか。(もしシャルプラッテンにCD化の技術がなかったとすれば、視聴者もCDPなどは普及してない状態であっただろうと思います。)それともシャルラプッテンが要望してのことだったのでしょうか。そのあたりが気になる所ではあります。
Commented by noanoa1970 at 2011-11-08 22:43
続きです
それにしても未だに復刻発売されないことに多いなる疑問がわきます。1993のCD、コンヴィチュニーの芸術シリーズにも、ブラ1ははいりませんでした。
ブル4が2つも入っているのに、数少ないLGOとのステレオ盤にしてはこれまでの扱い方が非常に奇異に見えます。まだまだ隠された何かが有るような予感がしてしょうがありません。Magna-Tonträgeで検索すると「ケルン」関連がよく登場しますから、ケルンにあったのかも知れません。
Commented by Abend at 2011-11-08 23:44 x
sawyer様
2100123のライナーノーツは、独・英・仏の解説が計9ページあります。コンヴィチュニーの写真等は載っていません。題名も作者も記載されていない妙な口絵が載っていますし、博物館の中のようなジャケ写真も不気味ですね。
キングの詰込1000シリーズは持っていました。音質が悪かったので、ブラ1だけを収めたキングのレギュラー盤を後に中古LPで買いましたが、それももう持っておりません。しかし、キングから廉価盤まで出ていながら、なぜ国内で一度もCD化されていないのか、本当に謎です。
MRC203の次のような画像を見つけました。Ars Vivendiの上に
lunar/cdというシールが貼ってあるようです。これも謎です。
http://kechikechiclassi.client.jp/bra1conw.jpg
Commented by noanoa1970 at 2011-11-09 09:31
Abendさま、おはようございます。
諸外国の言語での解説があるとすると、全世界に向けての販売戦略下のCDのようです。小生所有のCDはドイツ語で書れたものだけですから、コンヴィチュニーの写真が小さく掲載されるものの、中味も違うし、恐らく東西ドイツ内の販売用か、特定対象の通信販売用か、価格をすこし安くしたのではないでしょうか。>unar/cdというシール
これは恐らくMagna-Tonträgeを表したものではないでしょうか。NETで検索しますと、Magna lunar/cdという表記も見ましたので。lunar/cdだけの番号のものもあるようです。ETERNA原盤をCD化したものに多いような感じがしましたがこれもよくわかりません。ジャケ違いが2種類もあるということは、何らかの意図があるのでしょうが、理由は推測で終わりそうです。資本主義と社会主義が合体しようとする「混乱」の時代ですから、我々の考える常識とはベクトルの異なる事態も出現したのでしょう。
マスター音源、紛失してなければ良いのですが。
ETERNAを引き継いだベルリンクラシックスからも復刻されないとなると、可能性は捨て切れないと思ってしまいます。没後50年の来年復刻があるかどうか。
Commented by Abend at 2011-11-09 18:42 x
sawyer様、こんばんは。
luna/cdの情報、ありがとうございます。何らかの理由で、Ars Vivendiの上に貼り付けたのですね。
外盤のカタログ番号は数字だけのものが多いのですが、同じArs Vivendiから発売されているのに、MRC203の"MRC"とは何なのかが気になります。例のWRCの如く、Magnaレコードクラブという通販システムを表しているのかなど、勝手に推測しています。なお、2100123の盤面には、この番号の下に"GEMA"と記されています。ネットで調べましたが、不明です。"GE"は独エテルナを想像させますが。
ベルリンクラシックスからも復刻されていない事実は、やはりマスターに何かあったのではないかと、私も思います。コンヴィチュニーの録音は、数奇な運命に翻弄されていますね。
Commented by noanoa1970 at 2011-11-10 05:10
Abendさま、おはようございます。
>例のWRCの如く、Magnaレコードクラブという通販システムを表しているのかなど、勝手に推測しています
通販の可能性大いにあると思います。
しかも東西ドイツ限定だったのかも知れませんね。
コンヴィチュニー、自分の残した音源が、多くの問題を起こす源になっているなど、夢にも思わなかったでしょう。
息子のペーターは、ドウ思っているのか、彼は父親と行動を共にすることが多かったというボッセかズスケの記述をヴォイトブリックのライナーノーツで見た記億があります。父親が残した手紙とか著述など所有しているのなら、公表していただきたいものです。