コンヴィチュニーの音源、これが新事実なのかNo.2

オイロディスクは4.5.7番をセット販売するに当たり、全てLGOの演奏で、しかもステレオ盤として販売したかったという推理も可能性があろう。
あってはならないが、取り違えは意図的であった可能性も出てくる。

これまでの一連の流れの、コンヴィチュニーの音盤の、モーラル録音の擬人ステレオ化問題が、初期盤といわれる音盤を多く所有する、輸入盤専門中古ショップによって明らかにされたということだ。

今でこそ7番はモーラル表記だが、オイロディスクから我が国に導入されたときの、ブルックナー4.5.7盤はステレオ盤として登場した。

某輸入盤中古ショップの、ブル5のコメントに「録音:1961年ライヴ モノラル録音のステレオ化」とあることも仰天のこと、擬似ステレオであることは音からなんとなく納得できるものの、ライブ音源であるというから実に驚くべきことだ。
ライブ録音だからステレオ録音はできなくモノーラル録音になったというのは、それまでのコンヴィチュニーの多くのライブ録音からも推測できることだ。

そういう一方、ミュンヒェン国立(ザクセン州立、SKDという表記もある)歌劇場管と、ウラニアに録音したワーグナーの指輪オケ版には、同じ音源でステレオ表記盤とモノーラル表記盤が存在している。1954から1958年ごろの録音と思われるがはっきりしたデータはないし、ザクセンが具体的にどこのオケなのか,ステレオ録音は無いころだから、擬似ステレオの可能性が高い。

モノーラルをステレオ表記した例も、モノーラル録音の擬似ステレオ化されたものも「STEREO」表記だからややこしいが、コンヴィチュニーの音盤にはこれが混在しながら、やがて全世界がステレオ盤であることを認知するという事態となっていった。
嘘もつき通せば嘘でなくなるということを地で行った展開である。

そうなると、VSOとの演奏であると言う結論と共に、リマスター再発売された、ブルックナー4番。
同じ音源のサブマスターを使用し、GLOとVSO両方で発売された、LP1974、CD1993年発売を再度聞き比べたが、オリジナルマスターを使ったから、音質が改善されたという割には、言うほどの効果に乏しく、其れよりも前から思っていたことだが、左右の広がり感はあるが、平面的で奥行き感がないこと、フルートを筆頭に、あり得ない楽器の位置から聴こえてくるのは、最新盤もどれも同じであった。

これもひょっとすると擬似ステレオの可能性もあるし、最後の録音と言われる1962年のブラームス1番も擬似ステレオのように聞こえないでもない。

問題だったブル4の録音が、実はモーラル録音で、その擬似ステレオされたものを、我々は長い間LGO録音と平行して聴いてきたということになるが、もしそうだとすると、我々は2重に騙されたかもしれにということになる。

果たしてことの真相はいかなるものか、下記のようないろいろのパターンガ考えられる。
1964までは、カッティングマシーンガなかったからETERNAの1964年までの録音は全てモノーラルだったのか。
録音自体はステレオだったが、カッティングマシーン導入が1964年だから、自社のステレオ盤は其れまでは無いということなのか。
ステレオ録音されたものを、西欧諸国のいずれかに頼んでステレオカッティングしたのか。
聴感上モノーラル録音を擬似ステレオ化したものはあるか、あるとすれば何んなのか。
録音自体はステレオだが、モノーラル盤で発売し、追ってステレオ盤を発売したのか。

abendさんから頂いた指摘、整理されたものでわかりやすいからこれを記載しておくと、
『1 録音はモノラルで行われて発売され、後にそれを擬似ステ化したものが発売された。あるいは両者が同時に発売された。
2 録音はステレオで行われ、当時のユーザー事情からモノラルとして発売され、後に本来のステレオ盤が発売された。あるいは両者が同時に発売された。
3 最初からモノラル録音、ステレオ録音が同時に行われた。』

bendさんによる追記として
『バンベルクSOは当時西独のオケ、VSOは1955年以降永世中立国となったオーストリアのオケであるということをです。調べたのではないのですが、コンヴィチュニーはバンベルクやウィーンへ行って、当地で『新世界』やブル4、R・シュトラウスの作品などを録音したのでしょうね。しますと、そこではステレオ録音はもちろんのこと、ステレオカッティングも既に行われていたと考えられます。そうだとすれば、VSOとのブル4はステレオ録音で、東独にはステレオカッティングマシンが無かったからモノラルで発売するしかなく、逆にオーストリアや西側諸国ではそのままステレオで発売されたのではないか』

以上のように推測されております。

非常に重要な事柄なので、断定することはしないもの、諸事情を考慮してみると、大枠以上のどれかに落ち着くのであろう。

真相を知りたい気持ちと、知りたくない気持ち、2つの気持ちが共存する時間がしばらく続くだろう。

これらのことを確認する方法は、前にも述べたように、当時の関係者、GLOの存命者で日本在住と聞くボッセ氏あるいはズスケ氏、MGRが存命であれば一番良いのかもしれませんが、彼らからヒアリングすることでしょう。

2回渡って書いてきたことは、abendさんのコメント協力があってこそ。
改めてabendさんに感謝の意を評したい。
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by noanoa1970 | 2011-11-01 06:23 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(9)

Commented by こぶちゃん at 2011-11-01 09:09 x
おはようございます。
西欧…EMIやDeccaといったメジャーレーベルはステレオLPの発売が早かったと言われ55年頃のものはほぼステレオ…と思っているのは我々だけ。当時はモノラルで発売されたLPも多かったはず。
ステレオ化が遅れた東欧であっても2ch録音はしていたが、カッティングマシンが無かった…というのが結論という気がしますが、真相知りたいですね。
疑似ステレオは文化遺産の破壊!というのが持論であのグールドのデビュー盤の酷いことと言ったらありませんから…
Commented by noanoa1970 at 2011-11-01 11:44
こぶちゃんさん、コメント有難う御座います。
西欧での本格的ステレオ録音はいつ始まったのでしょう。小生は根拠が無いのですが、DGのフリッチャイの録音から推測し、1958年頃に検討をつけていますが、もっと早かったのか、またステレオカッティングマシーンの導入時期など、知りたいことが沢山ありますね。

>ステレオ化が遅れた東欧であっても2ch録音はしていたが、カッティングマシンが無かった
小生もこの見方には概ね同調したいところです。
東諸国でも1960年にはできていたのではと推測します。
証拠に乏しいので断定できないのが残念ですが。なにか文献は無いものかあたってみるつもりです。
Commented by Abend at 2011-11-01 18:03 x
sawyer様、こんばんは。
大変ご丁寧な論証をしていただき、ありがとうございます。私の拙い聴取力や推測も取り上げていただき、恐縮しております。まこと、コンヴィチュニーのブル4問題はLGOかVSOかということを超えて、彼の他の録音にも波及するモノラル、ステレオ、擬似ステという、音源とカッティングの問題へと展開すべきの感を新たにいたしました。
Commented by Abend at 2011-11-01 18:14 x
続投、ご容赦下さい。
初期のステレオ録音は左右クッキリ分離が特徴で、中が奥まりますね。私が知る西欧最古のステレオ録音は、ナチスが開発したマグネットフォン方式による例の『皇帝』を除けば、デル・モナコがエレーデ/チェチーリアOのバックでタイトル・ロールを歌ったヴェルディの『オテロ』です。英デッカ音源の国内盤LPを持っていました。現在はユニヴァーサルからCDが発売されています。1954年のローマでの録音で、これは左右クッキリ分離にして中は奥まった典型的な初期ステレオ録音だと思います。HMVの以下のページで試聴ができますので、sawyer様のご意見をお伺いしたいところです。
http://www.hmv.co.jp/product/detail/1797590
Commented by noanoa1970 at 2011-11-01 23:28
Abend さま
長々と書きましたが、結局はいろんな可能性があるが、いずれも決定的な情報不足で、断定にはいたらないという結論になってしまったようです。しかしこういうことは、残されている音盤を再度ジックリ色んな角度から聴いてみようという意欲を喚起します。
デル・モナコ/エレーデの録音がステレオで1954年とすると、商用ステレオ録音の元祖で、ヨーロッパ初のステレオ音源のステレオ音盤は1954年開始しになりますね。
Commented by noanoa1970 at 2011-11-01 23:29
先ほど視聴しました。なるるほど声楽が前に出てオケはひっこみ気味です。合唱は奥の左右に広がり、オケも時にはすこし前に出てきてステレオ感もあります、左からのデルモナコとテバルディがまったく同じ位置というのは、すこし気になるところ、この録音がオペラ形式でなく、動きの少ないコンサート形式若しくは組み合わせであることを物語るのでしょうか。しかしその他の歌い手が左右に動いているのも確認できます。小生の耳には実際のオペラからの録音だけではないような気がします。割と動きがあるコンサート形式だった、あるいは組み合わせだったのでは。オケもピットから聴こえて来ませんで舞台中から後方に位置しているように聞きました。マスターリングの力とはいえ、1954録音としては優秀な部類でしょう。ステレオ録音のステレオ音盤か擬似ステレオかは、判断に迷うところです。しかしどちらかにといわれれば、ステレオ録音ステレオ音盤だと言うでしょうね。イヤホン視聴だからでしょう、立体感がまったく無いわけではないが、とくにオケに奥行き感がないように聞こえるので、実に難しい所です。
Commented by noanoa1970 at 2011-11-01 23:29
技術的にはDECCAは。54年には2CHステレオ録音はできた可能性は十分あるでしょう。54年はDECCAにとって激動の年で、数々の実験が行われ、45/45ステレオに対抗するVL方式カッターまで編み出しステレオレコードを出したのですが、その頃すう勢はモノーラル装置でも問題なくかかる、45/45方式に軍配が上がったようです。この録音は多分そんな中のVL方式ステレオ音盤だと思います、多分45/45方式に駆逐された形になったのでしょう。ステレオ装置でしか聞けないから、購買数が多くなかったことが予想されます、ですからあまり話題にならなかったのかもしれません。
Commented by Abend at 2011-11-02 00:03 x
sawyer様
wikiの情報では、英デッカ1954年の中にこうありました。
>7月 イタリアのローマにある聖チェチーリア音楽院において、歌>劇のステレオ録音を開始する。
また、この脚注にはこう記されています。
>この時、ローマ聖チェチーリア音楽院管弦楽団の演奏で、歌劇>「オテロ」「椿姫」(以上ヴェルディ)、「マノン・レスコー」(プッチー>ニ)の3作品がステレオにて収録された。指揮はアルベルト・エ>レーデ(オテロ)、フランチェスコ・モリナーリ=プラデルリ(椿姫、>マノン・レスコー)がそれぞれ担当した。
これが事実なら、『オテロ』のエレーデ盤は英デッカ最初期のステレオ録音ということになりますね。
Commented by noanoa1970 at 2011-11-02 00:34
Abend さま
そうなるでしょうね。イタリアオペラ3品、フラッグシップのような感じがあったのでしょうか。
それにしても業界や世間であまり騒がなかったと思いますが、オペラというものをターーゲットにしたことが原因でしょうか。
また45/45ステレオであれば、ステレオ録音のDECCA、ffss録音がもう少し早く有名になってい可能性があるように思います。