コンヴィチュニー/SKDのベートーヴェン4番

コンヴィチュニーの4番の交響曲は既出の、ライプチッヒ放送響とのライブ、ゲヴァントハウス管との録音があるが、今回のSKDとのライブ録音で都合3種類となった。

SKDとのベートーヴェンは、コンヴィチュニーが首席指揮者時代の、非常に評価の高い「エロイカ」があったので、今回の4番はいやがおうにも期待を持たせるものであった。

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今回の演奏は、1953–1955 と、このオケの首席指揮者を務めたコンヴィチュニー、6年ぶりの里帰り、勝手知ったるオケだといえるから、思い切りドライブ可能であるだろうから、客演指揮者とは違う何かが有るだろうことの期待も湧いてくる。

前回の23番の協奏曲同様、ザルツブルグ音楽祭での演奏録音で、もちろん発復刻初出CDである。

コンヴィチュニーの録音の質は同じ年代のほかの録音と比べ、余り芳しくないものが多く残念なことがあるが、1961年の今回のライブ録音は、モノーラルであるのが残念だが、当時のほぼ水準並みの音質で、コンヴィチュニーの録音としては、最上級の音質の録音であることを先ず指摘しておかねばならない。

4番で非常に大切な出だし部分、えもいわれぬ暗い底から、這い上がってくるような、不気味な弦のピチカートを伴う響きは、残念ながら弦楽器と管楽器群のピッチが狂っているせいで、端から別の意味の不安を抱かせることになってしまった。

しかし、ブラームスの4番でも経験したことだが、徐々にその不具合が解消され、途中から先ほどの音からは信じられないような、凄いオケに変身していったことがあったから、今回も其れを思い出しつつ期待をした。

さすがにSKD、2度目の弦の大きなグリッサンドの少し前あたりから、オケのピッチはビシッと合うようになり、リピート時には、さらに隙が無いほど揃うようになって、ようやくSKDの本領が発揮されることとなった。

返す返すも、この曲で重要かつ意味深長で大切な、冒頭の和声のピッチのずれがもったいないが、その後の立ち直りの速さは、実に見事であったから許すとしよう。

いぶし銀の音色といわれて久しいSKDだが、今回はその印象からは少し遠いシルキートーン、艶やかな音色を出していて、SKDやLGOを評してよく言われてきたオケのトーン、渋い音、東ドイツの音などと言う表現が、いかに色眼鏡で見た印象表現だと、ばれてしまうような音である。

1楽章第2主題において、コンヴィチュニーは、フルヴェンやカラヤンとは違い、フルートの旋律の後の個所に前打音を入れるスタイルを採用していて、第1主題にすでに出ている物悲しさの強調を回避したが、ここでもその方法で演奏しているが、このやり方は小生の好みでもある。

弦楽器群の上昇下降を繰り返しながら進行するところ、たいていのオケはここでハーモニーの乱れが生じるることが多いが、SKDは全てにわたってピシっと合っていて、乱れなどは恐ろしいぐらい皆無だ。

2楽章は特に弦の力量が発揮される楽章だが、クレッシェンドそしてディミニュエンドの変化の様子を、とても表情よく出しきっている。
ハーモニーがつけられたメロディーをを長く引っ張る時の美しさは、このオケが伝統の上に胡坐をかいている古い体質のオケであるなどということなど微塵も感じさせない程、アーバンセンスを持ち、洗練されていて、ドイツの田舎オケとは全く異なるものだということをしめすものだ。

コンヴィチュニーの強弱の変化をうまくとらえた表現する指揮も平坦になりがちな楽章から抜け出ている。同じように活躍する木管楽器、中でも特にクラリネットとフルートの技術は群を抜高レベルにあるといえる。

2楽章は木管金管楽器群が活躍する楽章、聴こえるホルンは、ペーターダムではないにしろ、音が凄く良い。
満を持して登場するティンパニーの後のコーダは、とてもコンヴィチュニーらしい。

3楽章も音の上昇下降という、この楽曲共通のコンセプトがたもたれていて、それに強弱が付け加えられるが、コンヴィチュニーの短くも鋭いクレッシェンドのちりばめは、短いこの楽章を意味あるものにしているようだ。SKDは相変わらず木管楽器が美しい。

終楽章は弦の細かい刻みの上に管楽器が迅速かつ美しいメロディーをつけてゆくが、それまでの楽章とは違い、ほぼ全般にわたり忙しさがある楽章である。
この楽章のテンポ設定は指揮によって大幅に違うようで、中には追い立てるようにたたみ込む指揮者もいるぐらいだ。

コンヴィチュニーはAllegro ma non troppo、自身の田園の1楽章とくらべ、少しだけ速めのテンポを取っているが、管楽器の特に速いテンポでメロディーを吹かなくてはならないファゴットも、何の問題もなく軽々とこなしていて、このオケの個人の技術レベルの高さをも再認識させられた。

極端に急いではいないが悠長ではない、ちょうど良い塩梅のテンポ設定で、なぜかコンヴィチュニーのテンポは、小生の好みとピッタリと合うことが多い。

こういう演奏を聴くと、奇しくも同じORFEOレーベルから発売になり、評価が高いC・クライバーあたりの大仰な音作りが鼻につき始めてくる。
クライバーの音楽からは、ベートーヴェンの姿は見えなくなってしまっていて、良くも悪くもクライバー自身が前面に出てしまったが、コンヴィチュニーの音楽は自分を抑え、視聴者にベートーヴェンの姿を見せることが可能な音楽であるといってよい。

演奏を通して自分を見せるのでなく、楽譜の向こうに作者ベートーヴェンを思い浮べることが出来るような音楽であると言い換えてもよいだろう。

このたびのSKD/コンヴィチュニーの4番は、同じオケで録音し絶大な評価がある「エロイカ」の演奏とくらべて、決して遜色ないばかりか、さらに上の評価をしても文句は出ない、そのように小生は確信するものである。

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by noanoa1970 | 2011-10-12 00:01 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(2)

Commented by Abend at 2011-10-12 22:33 x
sawyer様、こんばんは。
検査入院の結果がシロと判明し、帰宅するとコンヴィチュニーのCDが届いておりました。早速、ベートーヴェンとモーツァルトを聴きました。
sym4は、リズムに重大な意味を見出したベートーヴェンの力作だけに、コンヴィチュニーの伸縮自在のリズム感覚が遺憾なく発揮された演奏で美麗SKDの高域が、それに豊かな潤いを与えています。特に第2楽章は、緩徐楽章に格段の力を発揮するコンヴィチュニーの面目躍如たるものがあります。
モーツァルトの23番協奏曲は、当時30歳そこそこのグルダが、粒の揃った高域に一種不思議な音空間を形成していますね。コンヴィチュニーのバックはかなり抑制されていて、おそらく一期一会であったこの2人の間に、付かず離れずの微妙な雰囲気が感じられました。これがベートーヴェンの協奏曲であったら、グルダがコンヴィチュニーの胸を借りるものになっていたでしょう。
ライナーノーツにザルツブルク音楽祭の歴年プログラムが載っていたのは、いい資料になって有り難かったですね。
1961年8月4日のライヴというのが運命的です。このわずか9日後に、有刺鉄線により最初のベルリンの壁が設置されたのですから。

Commented by noanoa1970 at 2011-10-13 10:20
Abendさま
検査結果が良好でよかったですね。結論までが長い検査は、あれこれ考えてしまうもので、余り良い気分の物ではないですから、これで相当気分がよくなったことと思います。
コンヴィチュニー&グルダ期待以上に良かったと小生は思いました。オルフェオのせっかくの解説書も、ドイツ語がサッパリ分からない小生には宝の持ち腐れです。第2外国語をドイツ語にして、もう少し勉学に勤しんでいたら良かったと悔やまれます。音楽祭の歴代プログラムは分かりますから、之だけでも良しとしましょう。
ベルリンの壁についてはすっかり忘れておりましたが、9日後でしたか。ドイツであったら音楽祭は中止となっていたかもしれませんね。ベルリンは東ドイツ内にあったわけですから、東ドイツの首都はベルリンでよいはずなのに、其れまで東西分割とはよく分からないことです。50年代は東西の文化交流は盛んなようでしたが、壁によってかなり少なくなったことは、自由主義国家への道が問閉ざされることに繋がって、東のアーティストたちには痛手だったことでしょう。