グルダとコンヴィチュニーのモーツァルト

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待っていたCDが8時間ほど前、10日の夕方に到着した。

ザルツブルグ音楽祭で、グルダとコンヴィチュニーが共演した、非常に珍しいライブ音源の初音盤化である。

コンヴィチュニーの初音盤はそうざらにあるものではなく、SKDとの「新世界」が数年前にあっただけだが、今回はそのSKDを振ったベートーヴェンの4番の交響曲と、R/シュトラウスの家庭交響曲、そしてモーツァルトの23番のピアノ協奏曲が、グルダとの共演録音で、初お目見えすることとなったのだ。

今回ベト4は少し後まわしにして、最初にグルダとの演奏を取り上げることにした。

ベト4に関して一言、SKDとのエロイカ同様、コンヴィチュニーの3つのベト4演奏中の白眉である素晴らしい演奏といって良いが、これに関してはいずれすぐに記述したい。

まずは心配される録音状態だが、モノーラルであるのは残念だが、1961年8月録音は、コンヴィチュニーが無くなる丁度1年前の録音と言うことになる。

音質は以外に良くて、コンヴィチュニーのライブ録音の中では最も良い録音である。
録音レベルがやや低いので、ヴォリュームを上げ気味にして聴く必要はあるが、雑音も無くライブにしては上出来で、マスターリング妙味に尽きる音質であるといえるであろう。
グルダのピアノは、鮮烈な音といえないものの全く音質に瑕疵は無く、気になるような音揺れも殆どない。

少しハイ気味であるが、細かいところまでよく拾った録音で、SKDの上手さが手に取るように分かる録音であることも付け加えておきたい。オーディオ装置によっては、低音の強奏が団子に聴こえるかもしれないが、録音のせいではないから、オーディオ装置の調整でなんとかなると思う。

1楽章の冒頭の序奏での弦楽器の表情と音色は、さすがSKD、光沢があり柔らかさを伴うもの。
テンポはアーノンクール盤と同等やや速めの設定である。

弦の序奏の後、ピアノが徐に登場するが、このときかすかにグルダの歌う声が聞こえてきて、グルダが興に乗ったときに出る鼻歌は、近年と変わらなかく、思わぬものを見つけたという喜びがあった。

弦楽器の強奏時には、弱奏にまして優雅な柔らかさと艶を伴った、美しい音色を聞かせてくれたが、シルキートーンとはまさにこう言うものなのだろう。

古い音源によくある音の揺れは殆どないといってよく、ピアノの音も鮮明である。
断定はしないが、高音部の神経質なところがない響きと低音部の豊かさから、使用したピアノはスタインウエイではなく、ベーゼンかベヒだと思うが、録音状態によって大幅に変化するから真相は分からない。

木管楽器群がやや引っ込み気味であるが、そんなに気にはならない程度。
グルダの装飾音符の使い方は、いつも見せるような奇をてらったところは微塵も無いし、1楽章のカデンツァは、一般的なモーツァルトのもの。
オーソドックスだが、細かい仕掛けを気づかないように随所に施した、繊細かつ大胆な演奏だ。

嬰ヘ短調の2楽章は期待の楽章で、ほの暗い雰囲気をどのぐらい表現できるかが小生にとっての聴き所。
グルダのピアノから始まるが、この楽章でグルダは、細かいシンコペーションを多用していて、ややもすれば平坦になりがちな音楽を表情豊かにしていて、トレモロ1つとっても、非常に表情が豊かである。

コンヴィチュニーのオケは、小生的にはもう少しほの暗さがほしかったが、PPからゆるくクレッシェンドしていく、細身のクラリネットの入りは特筆ものであるし、グルダのシンコペーションに呼応するように、非常に繊細なオケの動かし方に、いつも思うことなのだが、伴奏時も変わらぬコンヴィチュニーの凄腕を、今回もタップリと味うことが出来た。

2楽章は、演奏者の腕の見せ所でもあるが、それだけに手抜きなどをすれば、すぐに分かってしまう怖い楽章のような気がするが、グルダもコンヴィチュニーも非常に集中度が高い。
コンヴィチュニーのアダージョ楽章は、思うより良いものが多く、音楽に語らせる術に長けているのは、長年の歌劇場指揮者経験で培ったものと思う。

お互いを良い意味で意識し、刺激しあったた結果であろう。このときグルダは31歳、ウイーンの三羽烏と言われ躍進中であり、大指揮者コンヴィチュニーと互角にエ渡り合える実力を既に持っていたことがよく分かる。

音楽祭であるがゆえ、聴衆は普段のコンサートとは一味違う、各国の音楽通たちが集まっていると推測され、それも演奏家の良い緊張感を持つにいたらしむ要因となったのだろう。

2楽章は特に良い仕上がりの楽章で、これまでのグルダの2つの演奏以上の出来ではないだろうか。
クラリネットの入りの後の低弦の分厚い響きを聴くと、魂が揺さぶられるようだ。

終楽章はテンポをさらに速め、初夏の風がに爽やかに駆け抜けるようである。
グルダのピアノはとても滑らかで快活なしゃべりを見せ、テンポルバートをしのばせることで、ウイーンの風味を一味加えた感じ様相をを演出した。
この楽章でもグルダのトレモロは抜群で、単に快活に転がるものではなく、1音1音に意味が込められているように表情豊かに響く。

通常ピリオドで演奏する箇所を、コンヴィチュニーはスタッカートで演奏し、躍動感をいっそう出しているが、目立たないが表情付けに利くものを、コンヴィチュニーにしては珍しく、積極的に取り入れたのは、グルダとの共演の隠れ効果であろう。

グルダはとにかく指がものすごく回っていて、速弾きの箇所もミスタッチなどは皆無で、相手がコンヴィチュニーだけに、思い切ったことは出来ないにしろ、余裕があるから、自然と隠れた遊びを入れることが出来たのだろう。

其れがどの場面かなど気にしながら聴くのも、何回も聴くうちの目的の主な1つとしては悪くない。
特にグルダにはそういう要素がたくさんあるから面白い。

小生の印象は、アーノンクール、北ドイツ放送交響との弾き振りを加えた中で、今回の演奏録音が最上級であるという評価をした。(ロスバウト/バーデン・バーデン南西ドイツ放送交響は未聴)

ただしモノーラル録音で、少々ハイ上がりで録音レベルが低いことを付記しておく。
しかしコンヴィチュニーのライブ録音では最上の録音状態で、非常に聴きやすい録音であることも併記しておく。

貴重な優秀盤が発売にいたったことを改めて感謝したい。

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by noanoa1970 | 2011-10-11 00:24 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(6)

Commented by Abend at 2011-10-13 22:32 x
sawyer様、こんばんは。
モーツァルトの23番協奏曲につき、PCで聴き直してみました。オーディオプロセッサ経由でスタジオモニターヘッドホンを使いますと解像度が高く、スタックスで聴いた時に感じた不思議音空間の解答を自分なりに見つけることができました。
グルダとコンヴィチュニーは、細部にわたってリズム感がシンクロしており、また、両者の見事としかいいようのない"寸止め"によって、ブレることのない起伏を作り上げることに成功しているというのが、私の了解です。歌劇場で修練を積んだ指揮者は協奏曲に優れた手腕を発揮しますが、この演奏はコンチェルトが「合意」という意味であることを、改めて納得させてくれました。協奏曲の演奏で何度も聴きたいと思ったのは久しぶりです。高校時代、コーガン&シルヴェストリ/パリ音楽院Oのレコードを毎日のように聴いていた日々を想い出します。
Commented by noanoa1970 at 2011-10-14 01:50
Abendさまこんばんは
コンヴィチュニーに関してあれこれお話できることを、まずは感謝したく思います。多くのクラシック音楽がせいぜい聴くのがベト全か、20001.2年当たりに発売されたBOXならまだいいほうなぐらいで、今までは殆ど話の俎上になりませんでした。
今回はグルダと共演ですから、視聴者層が少しは増えるかも知れませんので、徐々にコンヴィチュニーや東ドイツのオケなどに対するいまだに存在する誤解が解けていけばよいと思います。
Abendさまの印象も良好のようで、最も好むモーツァルト23番のP協奏曲演奏の、ブルッショルリ/パウムガルトナー盤以上の出来の演奏であるように思います。リハの時間が余り取れないであろう音楽祭ライブで、あのように息が合った演奏を聞かせるのは、神業のような、何かが取り付いたかのようなものを感じさせるほどでした。明暗の変化が特徴の2楽章、転調するまでは、もう少しほの暗さがほしいし、クラリネットの入りの音が、混濁してしまったのは残念ですが、後はパーフェクトでした。おっしゃるとおり「合意」、信頼・尊敬がお互いの「意を慮り」相手の表現したい音楽がよく分かっている、とても良いシナジーがあります。
Commented by noanoa1970 at 2011-10-14 01:52
続きです
コーガン/シルヴェストリは聴いた記憶がないですが、とても合うような組み合わせとは思えないものから、素晴らしい音楽が聞こえてくる感動はいっそう強いものがあるのでしょう。
シルベストリはずいぶん前に発売のBOX版を買いそびれて、探しているのですが廃盤となり中古も出てきていません。
爆演指揮者といわれることが多いようですが、とんでもない誤解だと小生は思っていて、ドヴォ8の3楽章のチェロによる美しいメロディ演奏も、アーノンクールに先がけて、後にチェコ版と呼ばれる楽譜を採用していたにもかかわらず、改悪したとの評価になっています。彼のアーティキュレーションの妙味をもっと聞きたいと願う小生です。
Commented by こぶちゃん at 2011-10-14 17:56 x
グルダ/コンヴィチュニー/SKDとはスゴイ組合せのモーツァルト/Pf協23番ですね。Orfeoの赤ジャケは高音質のライブがあります。確かクライーバー/ベートーヴェン交響曲4番が有名なはず。
グルダのモーツァルト…Pf協は非常に定評がありますが、コンヴィチュニーとの演奏があったのは知りませんでした。
Commented by こぶちゃん at 2011-10-14 18:02 x
続きです。
ロスバウト/バーデンバーデンも面白そうですが、私の思い出を…バーデンバーデン響…現SWRを90年頃にミヒャエル・ギーレン指揮で聴いた時、マーラー10番アダージョとウェーベルンのパッサカリアは超の付く名演でしたが、モーツァルトのPf協は酷かった…。全くやる気がなくミスタッチだらけのダメダメな演奏なのに、ミーハーな聴衆はこちらに拍手喝采、先の名演には関心無し。
拍手を浴びてる方がバツが悪そうでした。
この楽団、現代音楽向きゆえ、モーツァルトは合わないかもしれません。
Commented by noanoa1970 at 2011-10-14 20:05
こぶちゃんさんこんばんは
クライバーのベト4所有してますが、今は殆ど聞いていません。
グルダ/コンヴィチュニーは、小生も全く知らなかった演奏です。
既に発売になっているギレリス/コンヴィチュニーの21番も辛口の演奏でした。コンヴィチュニーは伴奏指揮者としても感覚の鋭い人で、ソリストの音楽をよく知っています。オイストラッフ親子があれほど信頼を置いたことが分かりますね。
ギーレン/バーデンバーデン(SWR)は、ロスバウト、ブーレーズ、ギーレンと現代音楽の得意な指揮者が振っていますね。シューヒトも多くの曲を残しています。
ギーレンは余り聴いたことがない指揮者ですが、ベト全から5.6番をFMで聴いて興味を持ちました。シュトゥットガルト放送響とバーデンバーデンが統合されSWRになったようですが、ドイツ放送オケはかなり複雑な統廃合で、いまだによく分かりません。いや統合されたのは放送局で、オケは独立してそのままなのかもしれません。