マックルーア盤、35DC盤幻想

同じ音源にもかかわらず、発売が異なる音盤の音質が違うと言う経験は、音楽とオーディオのファンであれば、経験したことだと思う。

アナログレコードとCDでは、そのが激しいことが多いが、CD同士でも、発売年によって相当差があることは事実のようで、小生は普段聞いてなかったワルターの音盤を再視聴したことで、そのことがハッキリと分かることとなった。

このことの要因はほとんどが、マスターリング、カッティング、そしてプレスという工程の技術革新の差であることも分かった。(CDの材質によるところも若干はある)

情報源に時系列表記が無かったので、数種類存在すると思ったマックルーアのマスターリングのCDから、音質がよいCDを評価ししいようとしてしまった野が、先のブログ内容であった。

しかし最近になって、実際に自分の耳で聞いたうえでの評価とはいえないような、腕利きプロデューサーの関与度の高い、(ワルター/コロムビア響の場合は、ジョン・マックルーアが直接自らマスターリングを行った)ものを特別視するファンが、少なくない数存在することが分かった。

これが35DC盤といわれるCDである。
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国内発売のCDでは、マックルーア盤とされるものに、CBSSONY時代、1983.4年ごろに発売されたCD番号の頭に35DC***(*は数字)がつく一連のCDがあった。
これが俗にマックルーア盤と呼ばれ、中古市場で現在でも高値で取引されていると言う。

なんでも、マックルーアのマスターリング意図が素直に再現されていて、アナログの音質に近いからだと言う評価があるCDである。

それにアナログで珍重される初期盤のイメージを重ねてのことか、CD登場の最初に発売されたCDと言うこともあって、付加価値がつけられたと言うことであろうと推測される。

要するに、腕利きの名物プロデューサー、ジョン・マックルーアが、直接かかわって出来たCD、音質はよい(はず)、初期盤という付加価値、流通量が多くない、どこかの評論家がべた褒めした、などが要因で(無理やり)オーディオ評論家によってもたらされたところがあったのではないかと思われる。

小生はこの35DC音盤、ジョン・マックルーアの手になるマスターリングとされる、シューベルトのグレート、そしてドヴォ8を所有していて、先ほども久しぶりに聞きなおしてみたが、確かに音はハッキリしていて、特に個の音は聴きやすいが、ノイズを抑えたためか、帯域が狭くなったようで、全体に音に伸びやかさが欠けているようだ。

これに対し、アナログディスクはヒスノイズは多いが、総合的雰囲気、音のバランス感覚をよく伝えており、小生はアナログに共感を覚え、CDは途中で聴くのをやめたくなるが、アナログディスクは最後まで聴きとおすことが出来るという結果であった。

CDの、全体に音が詰まった印象は、物理的ダイナミックレンジは広いが、聴感上の其れは少ない印象で、その事が音楽をつまらないものにしてしまったように思うのである。

そんなこともあって小生は、このCDを熱心には聴かなくなり、これらの演奏をほかの指揮者の音盤に求めるにいいたったから、10年以上聴かなかったことになる。

最近になってこの35DC盤が、一部のファンから評価されていることを知って驚いたが、小生は先ほどの評価をくだしたこともあって、この音盤がもてはやされだしたことを、ある種ノスタルジー的な情緒がもたらした、余りよくない傾向であると思う。

83.4年はアナログディスク製造が中止されつつあった時代、そしてCDがまだ珍しく、数が少なく高価だった時代の少し後のこと。

小生のようにアナログにどっぷり浸かってきた音楽ファンで、ある程度アナログ音盤の音を追求した人間であれば、CDの音質を、アナログ音盤と比べるのは日常のことであったから、自分の価値観に見合った音の比較はお手の物である。

そして多分35DC盤が、アナログより音質が優れていると言う評価をする人とは、古くからのアナログ経験者では多くはないと確信する。

その主な理由は上で述べたところからであるが、CDは、通常であれば初期もそうでないものでも、音源と製作工程が同じであれば違うはずは無いことだ。

しかし製作販売サイドの差別化戦略だろう、次々と新しい技術を投下して、同じ音源を焼き直し再発することで、1から作る必要なしに、高利益を得られると言うことなのであろう。

新技術を使ったCDが再販されるそれに歩調を合わせるかのように、それに反抗の意を示すかのような原点回帰、復古主義ともいえる、最初期オリジナルを尊ぶ傾向は、アナログの初期盤を特別視するそれに似ているが、CDの性質上考えられないことだが、35DC盤に代表される初期CD盤への想いが強くなったのは、評論家の影響が大きかったと小生は思うのだが、特にそのj傾向が明らかにCD世代と思しき、若い人の間に顕著なことに恐ろしさを感じてしまう。

自分の耳で確かめることなく、文字情報に頼って価値判断をする傾向が強いのか、アナログの音を知らないから仕方ないことではあるが、「マックルーア盤(版)」と言う呼称も存在するようになってきたのは事実で、この定義が曖昧なままにされている中(あいまいなのは実体が無いから至極当たり前だが)およそこれが該当するであろうされたのが、35DC盤であったということだ。

少し考えれば、最初期のCDは、それなりのものでしかなく、アナログのコアなファンが聴けば、すぐにCDのよさと悪さを見抜くと思うのだが、アナログを知らない世代は、比較するものを知らないため、本来絶賛されるには遠い存在のCDをも、一種権威主義的見地から、非常に価値が高いものとしてしまうのだろう。

それに再生装置そのものの問題が絡むだろうと小生は見ていて、PCオーディオやメモリーオーディオに象徴される、イヤフォンリスナーは、聴きやすい音をよしとする傾向があるのかもしれなく、空気を震わすような低音や部屋と言う楽器とのマッチングなどは関係のないところ、通勤中などのついで聴きをするところが多いようだから、細かいニュアンスでの音質の差などは、余り関係が無いのかもしれない。

つい最近あるブログで、最近のCDは高級オーディオにあわせて音を作っているのかという疑問が投げかけられていて、昔は車の中でもきちんと聞こえる音のCDが多かったが、今は車ではよく分からない音作りのCDが多すぎる・・・こういって嘆いていたが、いかにニーズが多様化したといえ、こうなるともうわけの分からないことだ。車を運転していてもよく聞こえるためには、聞く側でグライコなどで調整すれば済むことで、そんな音のCDが広く通用するわけが無いことぐらい分かりそうだと思うのだが。
そういいつつ、同じものを家で聴くと凄く良い音がしたと書いていたが、当たり前のことではないだろうか。

このブログ主のように、とにかく何の苦労もなしに、自分好みの音がするものを望む傾向が強いように感じてしまう。

オールドファンらな誰しも経験した、自分の満足する音に仕上げるために費やした物量と手間は、知ったことではないという、実に合理的な考えだが、そんな都合のよいものは存在しないことを知らない。

もしあるとすれば、其れは自分の耳がよくないと思ったほうが賢明だろう。
経験的に言えば、良い音とは自分が描く理想に近い音のことで、理想の音の何たるかは、かなり長期間音楽を聴いて作り上げなければ、見えてこないものだし、それぞれの段階でそう思うものが出てくるが、其れが変化していく難しさがあるから、とても厄介なことでもある。

さまざまな音の体験が少ないせいで、耳自体も進歩してないので聴いても分からないのか、それとも着ないのに権威あるとされる評論家などが言ったことを鵜呑みにしてしまうのか、「マックルーア盤」と言う存在の付加価値は上がっていき、そのせいで、音質面での付加価値はどうかと思う35DC盤が見直され、中古市場で高値がつくようになったようである。

35DCの音を、良いと思うのは否定しないが、結論は、ぜひともアナログやほかのものと比較するぐらいの探究心があっての結果で得たものであってほしいものである。

一部では、35DC盤をたくさん抱えた業者が、高値で捌くために作った音楽都市伝説といううわさも出る始末で、国内盤である弱点を覆い隠すかのように、35DC盤は、輸入したものを国内仕様のようにして販売したとか、そんな話まで飛び出してきて、実に奇妙なことになっている。

ある情報によれば、CD製作にあたり、マックルーアが関与してマスターリングしたのは、83.4年の初期CD製作時の1回だけであり、ほかには関与しなかったと言うことだが、それ以後の同じ音源の再発CDが、リマスターリングなどの技術は最新だが、いずれもがマックルーアのマスターを基にしたものだから、全てがマックルーア盤(版)と言ってよいのに、35DCが主に持て生やされるのはどう見てもおかしいし、音質がよいのならともかく、悪くはないにしても付加価値がつくような代物ではないから不思議なことだ。

レコードの初期盤は、音質が良いことがあってこそ価値があったが、やがて書籍の初版本のように、初版であること自体が価値と言う具合に変化したが、デジタル音盤にもそのような傾向が出てきて、その走りがマックルーア盤であると言う見方が出来ぬわけでもないのだが、音質がよいというベイシック価値を、いきなり超越してしまったような感があって、理解に少々苦しむところだ。

そんなCDを血眼になって、探している(かわいそうな)ファンがいるかと思うと、実にやり切れない。
レアものではないにしろ、市場に余り出回らないことも、拍車をかけるのだろう。

小生の2枚の35DCは、劣化が始まったのか、ある場所でひずみが出るようになってきた。
最初期CDには、ソロソロ劣化が始まっているものも見受けられるので、高額で入手してガッカリしないようにしていただきたいものである。

それよりも、アナログ初期盤の持つ雰囲気を、なんとかかもし出すことが多いように思われる、最新のDSDマスターリングやSACD、ブルーレイなどの高品質CDをチョイスしたほうがよいと思うのだが。

マックルーアのプロデューサーとしての業績を高く評価するのに吝かではないが、「35DC盤」を「マックルーア盤」なるもにするのは、意味がない幻想の産物であると言うことを、この際敢えてハッキリ言っておくことにした。
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by noanoa1970 | 2011-10-09 12:18 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(8)

Commented by Abend at 2011-10-10 01:04 x
sawyer様、こんばんは。
35DC盤は値段が3.500円だった時代の盤ですね。マックルーア盤なるものは聴いたことがありませんが、LPのみならず、CDもそのような初期盤が高値で取引されているのは、音楽ではなく物としての音盤趣味で、私には無縁の世界です。
体感としての「いい音」は、愛好家の数だけあると思います。自分のそれを作って来た人もあれば、特に何もせずに長年親しんでいる装置の音がそれである人もいます。オーディオへの関心度や、時間や経済力といった状況によって決まるのだと思います。
Commented by noanoa1970 at 2011-10-10 01:34
Abend さまこんばんは
35DCはいまのソニーがCBSソニーと称したころつけられたCDばんごうです。
かなり安易だが分かりやすい番号表示で、最初期のCD事情のが透けて見えるようで、笑いが出てしまいます。
小生に言わせれば、ワルター/コロムビアの演奏録音はすべてがマックルーア盤ですべてがマックルーア盤で無いというこということになります。
「いい音」の見解は確かにそのとおりだと、小生も思います。
ただ、結果としてそうあるのではなく、「自分にとってのいい音」の有無は大事なことであるようにも思いますが、しかし最近のデジタル音楽再生環境は、そんなことを気にさせないほど水準の高い再生音を端からもたらしてくれるのでしょう。
HDに収録した映像の音がとてもよいのに驚いたことがありましたし、MP3のように圧縮された音も結構よくてPCのSPで聞く分には十分だとも。「いい音は無数に存在する」は、言いえて妙ですね。
Commented by Abend at 2011-10-10 18:16 x
sawyer様、こんばんは。
先日、7年間使っていたPCの外付オーディオプロセッサを新調しました。同じcreativeのSound Blasterですが、音の高品位化に驚くばかりです。1万円もしないものですが、解像度の高いクリアな音を聴かせてくれます。体感としての「いい音」は、テクノロジーの発達が形成するところ大であると思います。

Commented by noanoa1970 at 2011-10-10 21:05
Abend さまこんばんは
小生はこの世界に疎いので、オンキョーのSEU-55でさえ使わずに梱包のままになっています。極最近のものは何でも出来て高品質のようで、イコライザー内臓フォノ入力端子があるのが魅力ですが、多分小生はLP→CD変換、面倒なのでやらない可能性が高いと思います。高品質ポータブルオーディオ用に便利そうですが、ポータブルCDPとSTAXのイヤーホンタイプヘッドフォンしか使ったことがないですし、このシステムも、増幅器を介しますから取り回しに苦労し、病院などで長時間待つたり長時間電車で移動する以外には使いません。何しろ無精者ですから。(笑)
ところで、本日とどいたバイロンジャニスの4枚組み、音質のよさに驚いています。近年まれに見るお買い得CDでした。今プロコの3番越後獅子のところです。
Commented by Abend at 2011-10-10 22:33 x
sawyer様
SEU-55はWAVIOシリーズを代表するプロッセサですね。私も最初は同シリーズのSEU-33を使っておりました。
レコードのCD化はCDレコーダーで行っていますので、Sound Blasterは、再生リダイレクト(PCで聴けるものなら何でも録音できる機能です)を使ってクラシックの著作権切れ演奏やYouTubeから録音し、必要に応じてCD化しております。
バイロン・ジャニスは名も風貌もどこかデモーニッシュですね(ジャニスは本姓ではありませんが)。奥さんがゲイリー・クーパーの娘というのもすごいですね。ジャニスのファンは日本には少ないと思いますが、テクニックと「音楽性」を分けて(多くの場合対立させて)捉える悪しき習慣があるからとしか考えられません。
Commented by noanoa1970 at 2011-10-11 00:23
Abend さま
ジャニスのファンは多分60歳以上のクラシックファンにいるだけと思います。ラフマニノフの2番はデビューを飾る曲目となっているようで、ジャニスも最近のお嬢さんピアニスト、ユジャ・ワンや少し古いがセシル・リカドあたりも御たぶんに洩れませんね。
音楽性を高めるためにテクニックはあるものですから、テクニックは重要です。テクニックに走った演奏などと言うことがありますが、そんな演奏あったら是非聴いてみたいものです。評論家と称される人たちが、何かを見つけて批判的なことを言いたいが、弱点が見つからないときの方便ではないのでしょうか。
ジャニスでラフマニノフ1番を聴きました。情感溢れる素晴らしい演奏で、バックのコンドラシンも良いサポートです。
Commented by Abend at 2011-10-11 20:06 x
sawyer様、こんばんは。
往年の廉価盤LPグロリア・シリーズでジャニスのチャイコフスキー、ラフマニノフ、リストが発売されていました。コンヴィチュニーのベートーヴェン交響曲全曲を買い揃えたのもこのシリーズでしたが、当時中学生~高校生だった私はバロック音楽、宗教音楽に凝っていたため、ピアノ協奏曲のレコード自体をあまり持っていなかったのです。ただ、バイロン・ジャニスの名と風貌にはインパクトがあって、40代になって偶然行きつけの中古CD店で見つけたのが縁でした。私は今もピアノ曲、特に独奏曲やピアノが入る室内楽曲には疎いので、色々とお導きいただければ幸いです。
Commented by noanoa1970 at 2011-10-11 21:21
Abend さまこんばんは
廉価盤は今思うに音楽の宝箱で、当時はマイナーと思っていた演奏家が、実は大物だったという例がたくさんあります。ジャニスは今の言葉で言う「イケメン」ピアニストと言えるのではないでしょうか。今日ラフマニノフ2.3、シューマン、チャイコを聴きましたが、テクニックもすごさがありますが、ピアノタッチが硬質ガラスのようで、ミケランジェリから神経質さを取り除いた感じで、かなり気に入りました。バックのコンドラシンも緊張度の高い強い集中力で、ジャニスのピアノに堂々と渡り合っています。
小生も本格的に室内楽を聴くようになったのは、そんなに昔のことではないですから、導くなぞトンでもありません。
シューベルト、ブラームスの室内楽は特によく聴くほうです。
仏音楽作曲家の室内作品も素晴らしいものが多いです。
時々ブログに記載するつもりでいます。