聴きなおしたLP音盤

どんなにしてもうまく再生することが難しかったミュンシュのブラームスが、やっとのことで、今までよりかなりよい音で聞くことが出来たのをいいことに、ここ数日、今ではあまり聴くことがなくなってしまったLP音盤を引っ張り出して聴いている。

CDもLPも小生の再生装置は今が旬。
長年かかってようやくたどり付いたものだが、装置をつかさどる各々のパーツのバランスが、いい具合に取れた結果だろう。

壊れたと諦めていたCD950の復活で、デジタル音盤の音は中低域が伸び、粒立ちが増して、YAMAHA NS-1000を、それまで聴いたことの無いような別次元の音、すなわち限界まで追い込んでいると思われるし、アナログディスクも、トーンノアームAC3000シルバーとDENON DL-103、それにYAMAHA C2aのフォノイコライザー、ヘッドアンプのマッチングが良かったせいか、これまで聴いたことの無いような音で溢れることが多々あり、過去に音質がよくないからと、聞かなくなってしまったものまでが、生き返ったように生き生きと響いてくれるようになった。

先ほどもブーレーズ/NY管の弦楽合奏版「浄夜」を聴いたが、弦パートの配置が手に取るように分かるのには本当に驚いたし、今まで気がつかなかった部分、高弦と低弦の掛け合いで表現される男と女の会話が存在していることが分かって、楽曲の理解度がさらに増したように思う。

古い音盤を聴くごとに新しい発見があるし、何より音を楽しんで聴くことが出来るようになったから、もうこれは病みつき状態にあるといえる。

そんな中、久しぶりに聴いた古い音盤の印象を簡単にまとめて置く。
これら以外にもたくさんあるが、特に印象度の強いものをチョイスした。

「カラヤン/VPO:ベートーヴェン交響曲7番1958年録音、ヴィクター国内盤」
DECCAのCDと比べても遜色がない。むしろ弦の柔らかいことから来るオケの暖かさはLPが上。ただし団子状態の音が少し気になるLPに対し、CDは粒立ちがよい。(この音盤だけは、とても良く聴く音盤である)
演奏はこの曲演奏の5本の指に入るであろう素晴らしいもので、「silkvelvetの紳士」と、かつて小生は呼んだように、粋で鯔背でお洒落な演奏だ。
カラヤンは、DECCA時代のVPOとの演奏が特に素晴らしい。

「小澤征爾/ロスアンジェルスフィル:ベルリオーズ「幻想」、オデッセイ盤」
録音はすこぶるよい。オデッセイ盤はオーマンディ/フィラデルフィア管の「英雄の生涯」も年代を思わせない素晴らしい録音状態。ワルターの「巨人」といい優良演奏優良録音が豊富。
だがこの音盤の演奏はバツだ。音楽がただスムーズに流れていくだけの、まことにつまらない演奏になってしまった、小澤のストーリー性のある楽曲の演奏の多くはそういう傾向だ。

「アマデウス四重奏団:チャイコフスキー1番、ボロディン弦楽四重奏2番、グラモフォンレジェンド国内盤」
廉価盤で60年代の古い録音にもかかわらず、録音はよいし演奏は上品である。倍音成分が乗った美音が聞こえる。アーティキュレーション、アゴーギグで何時でも息がぴったりと合った演奏、ボロディン3楽章のヴァイオリンハイトーンの確かな音程は、この四重奏団が只者でないことを語るに十分だ。メンバーが変わることなく、40年近く一緒に活動してきたことは何よりの宝だ。

「オレゴン&ラルフタウナー:レストフルマインド、ヴァンガード国内盤」
ラヴェルの「なき皇女のためのパヴァーヌ」を、ラルフがソロで弾く時のダイナミックレンジは、ものすごく広く、SPが壊れてしまいそうな音響。アコースティックギターだからといって決して嘗めてはいけない。
音のひずみや破綻が一切ない好録音は、いかにヴァンガード録音が優れていたかの証明だ。
非クラシックの演奏も多いラヴェルだが、中でもラルフのギターソロは、技術的にも、音楽的にも天下一品。
ギターはギブソンだろうかギルドだろうか、少し毛色の変わったトーンが特徴だ。

「MJQ:ブルースオンバッハ、アトランティック国内盤」
昔ならヴァイブの強奏音が歪むので、途中でやめたくなった音盤だが、今回ではそれがなくなって、なんとか最後まで聞けるようになった。特にベースの音と、鈴の音のようなパーカッションの再現がよかった。ベースが思いの他前に出てくるのに驚いた。アトランティックレーベルは、どうもよくない録音が多いような気がする。
ロバータフラックでは、輸入盤も国内盤とあまり変わりが無かったから、R&B時代からの録音の伝統を引きずっているのかも知れない。60年代の録音と70年の録音があまり変わらないのは不満が残る。
MJQの演奏が良いだけに、アナログのもう少しましな音質で聴いてみたい。

「ヴァーツラフ・ノイマン/チェコフィル ドヴォルザーク交響曲8盤」
この曲は小生の思い出の曲でもある。名古屋今池に「スギウラ」というクラシック喫茶があって、ゴトウユニットのホーンがコンクリート製の箱に入れてあったし、マッキントッシュ、JBL,トーレンス、SMEなどオーディオファン垂涎のもので組まれた装置だったこともあって、浪人生時代から良く通った。
毎回のように、そのころ好きになったドヴォ8をリクエストするので、「ドヴォ8のお兄さん」というニックネームまでいただいた始末。
大学生になった夏、この店でアルバイトをしたときに、店主の息子から言われたことがあった。
セル/クリーブランドの音盤であったが、小生はカラヤン/VPO、1950年代DECCA録音とケルテス盤も良く聴いている。
ノイマン盤はレコード発売中止の直後、バーゲンセールで入手したもの。ノイマンは聞かず嫌いの指揮者だったが、ゲヴァントハウス時代のブルックナーとスメタナを聞いて見直すことになった。
それでこの音盤を聴くことにしたのだが、スプラフォンにしては珍しく録音状態が良い。1972年録音とは思えないほど明晰な録音で、デジタル録音に完全に勝る。演奏も、方々で小細工をしたくなりがちな曲であるが、オーソドックス。奇をてらったところは無いが、音楽の凹凸はきっちりとつけているし、チェコフィルも弦楽器はいうに及ばず管楽器も素晴らしい。長く聴いて飽きない演奏のように思う。

ちょっと不思議に思うのは、今まで音質が良いと思っていたテラークのオーディオファイルむけ音盤マゼールの幻想、小澤の運命、悪くは無いのだが、今はかつてほどではなく感じたことだ。

一般の音盤の音が、よく聞こえる様になったことによる相対効果なのか、良く分からないが、ダイナミックレンジを除くと、以前の印象度より低くなったのは間違いない。

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by noanoa1970 | 2011-09-27 11:43 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)