演奏は良いけど録音が・・・・

小生の場合、そういう音盤の典型が、ミンシュ/パリ管のブラームスの交響曲1番である。

すでに何回も書いてきたように、この演奏録音は、1967年の年末深夜に、FMから聞こえてきたように記憶していた。

時節柄が手伝ったのか、たまたま帰省した年末の深夜に聞こえてきたからか、そのときの感動は、今ではかなり薄れてきたものの、これが本物のブラ1であることを認識するのに、十分過ぎる演奏だったことは、記憶の中に今もリアルにある。

音盤録音年月日を確認してみたところ、1968年1月8日、12日となっているから、情報が正しいとするなら、小生の記憶が間違いで、聴いたのが1967年師走はありえない、少なくとも、1968年1月以降だということになる。

番組では、レコード会社から提供された発売前の音盤を紹介することがよくあったが、そうだったとしても、録音そのものが、1967年ではなく、1968年1月12日だとすれば、それ以降の早い時期、除夜の鐘の前後に聴いた記憶があるので、1968年年末か1969年正月のいずれかということになる。

いかにインパクトある出来事であったとしても、40年以上前のこと、きっと「除夜の鐘」の記憶と重なったことが、誤った記憶を喚起したのだろう。

今は手元にないが、最初にに入手したのは国内盤LPで、ジャケットは現在発売されているものと同じ、オケ全体が映った写真であった。

クリュイタンス/音楽院管時代から名が通っていた、フルートの「ミシェル・デボスト」が映っているのを、サークルの仲間に見せた記憶がある。

しかしこの音盤、そのころの装置でも、社会人になって、装置をグレードアップしてからも、決して聴き心地の良い音では鳴ってくれなかった。

音に角が立っていて、ほとんどが荒く響き、とても1960年代後半の録音とは思えなく、もう少しまともな録音だったら、ブラ1演奏のダントツの演奏になり得た、そう思いつつ聴くたびに、EMIの録音技術を恨みに思ったものだった。

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国産の音盤だから良くないのか、そう考えて入手したオリジナルの仏盤も、最初期CDも入手して聞いてみたが、いずれも満足の得られる音質ではなかった。

それでも、ゆったりとしたテンポだが、音楽は決して弛緩ぜず、緊張感がいたるところに漂いながら、鮮烈極まりないティンパニーが、各所で重要なアクセントをつけるといった、ダイナミズムあふれるミュンシュの演奏の素晴らしさは、録音云々を超えるものがあった。

4楽章のコラールにいたっては、「神々しさ」を感じさせるから、背筋がぞくぞくし、この演奏を嫌いに思う人は数少ないのではと推測できる演奏だった。
事実この音盤を気に入った人は数多く、ブラ1演奏では常にトップランクの位置を占めていて、多分現在も変化はないのではないかと思う。

オケの技術でいえば、4楽章ホルンのソロパート、(ミレドソーレーミド)実は息継ぎが困難なため1番ミーレドソーを引き継いで2番ホルンがレーミドーと奏するが、まるで1本のホルンのように聞こえるのも、デヴォストのフルートも、コンマスのソロも、個々の技術水準が高く、音楽的にも素晴らしかった、音楽院管のよさが失われてなかったことに、感動と安堵を覚えた。

しかし返す返すも残念なのは、録音の良くないこと。
リマスターリングされ、前よりは数段良くなったという情報がないので、最近再発売されたものは聞いたことがないが、もし改善具合がよければ、改めて入手したいものである。

演奏は素晴らしいが劣悪録音の典型の音盤、しかし音質的には満足度の低かった音盤でも、新たな環境の下では聞こえ方が違うことがあることは、既に何度も経験したこと。
それで、再生が難しく聴かなくなってから5年以上はたっている、ミュンシュ/パリ管のLPを探し出してきて、ダメモトだろうけどもう一度確認してみようと思い立った。

LPには、プロデューサー、録音エンジニアの名前が記載されていないが、CDでは記載されていて、それぞれ、オリジナル・レコーディング・プロデューサ:ルネ・シャルラン René Challan、オリジナル・レコーディング・エンジニア:ポール・ヴァヴァッスール Paul Vavasseurと表記がある。

この二人の製作として、ほかにもおそらくはパリ管最初の録音の、ミュンシュ/パリ管の「幻想交響曲」1967年録音があるし、「レーネ・シャラン」は、マルティノンのサン=サーンス交響曲全集のプロデューサーでもあることがわかった。

ようするにEMI専属の技術者だということになるが、メディアで聴く彼らが携わったブラ1の音質は、実に情けない。
オリジナルマスターは良かったが、後の工程の何かが悪さをして、あのような醜い音質になってしまったことも考えられ、もしそうだとすれば、いずれもう少しましな音質のものが出現する可能性もあろう。

最近のオイロディスク・ヴィンテージコレクショオンのいくつかのように、オリジナルマスターでの復刻が望まれる。

録音に携わったこの二人、小生が聞いたあのような劣悪な音質のレコードなりCDが、世の中に出たことに、何の違和感も持ってなかったのか、それも不思議なことだ。

1968年の録音水準からは程遠い音質結果となったLP、CDをそのまま市場に出したEMIには、プライドがなかったのかと疑いたくなってしまう。

一方で、「いや、本来の音が出きってないからである」といった、再生側に問題があるのかもしれないという考えも、少ないながら沸いてくる。

先ほども言ったが、良くないと思っていた録音のLP、CDでも、新たな環境で聞くと、かつてそう思ったほど悪くないと思えることは確かにある。

音響装置とソースのマッチングの問題は、ないとは言い切れなく、そのことがおきる要因は、装置の調整に尽きるのだと小生は思っている。
特定のソースの再現性に問題があるということは、逆説的に、装置そのものは悪くないということになるから、諸悪の根源は「調整」にあるということだ。

時間をかけて調整した結果、満足緯度がより高くなった現装置での視聴ではどうであったか。

いずれもごくごく小さな差異であるのだが・・・・
全体の音の角がほんの少し取れ、以前よりも少し丸くなったから聴きやすくなった。
音の角が邪魔した性なのか、聞き取りにくかった和声、特に裏の音が、以前より聞き取れるようになった。
以前は耐え切れなくなって全部通しては、とても聞けなかったが、まだまだ1968年の水準ではないにしろ、今回は新しい発見が随所にあって、途中でやめようとは思わなかった。
今までぼやけ気味で、芯がないように聞こえた低音部、特にコントラバスの音が、その位置と人数をおおよそ推測できるように変化した。
残念ながら、ティンパニーの音が右奥から聞こえてくるから、中央位置のジャケット写真と実際が同じとすれば、何かがおかしいということになるが志向性のない低音だから、致し方ないのかもしれない。

以前は全体に、性質の良くない霧がかかったような音質、したがって鮮烈さは、ティンパニーに、ミュンシュのダイナミズムあふれた指揮ぶりに、その依存度が高かったが、今回はオールオケ、特には弦の響きが少しだけだが、まともになったことで、聞くに堪えられない音盤から、なんとか聞くことができる音盤へと、マイナーチェンジではあるが、少しだけの変貌が見られたことが収穫であった。

しかし、まだまだこの音盤で聴く音質は、とても1968年の録音とは思えないものであることに変更はない。

音楽院管から変身し、新規の仏オケとして再出発する門出として、1967年末ミュンシュの「幻想交響曲」そして続いて1968年初めの「ブラームス1番」は、記念碑的録音でもあったのか、珍しくオケのメンバーを記載していたから、UPしておくことにした。

ミュンシュのアシスタント指揮者が、「セルジュ・ボド」であることがわかったし、コンマスが「ルーベン・ヨルダノフ」であったこともわかる。

昔ではほとんど必要がなかった情報も、今では要求されるということを知っていただきたいのと、オーケストラに光を当てた情報が求められていることも知っていただきたいものである。

さらに何より、素晴らしいブラ1演奏の1つであるミュンシュ/パリ管、オリジナルマスターからの復刻を願いたいものである。
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by noanoa1970 | 2011-09-19 02:20 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)