rider in the rain

レコードショップで流れている音楽を「イイナ」と思って、購入したことは、おありだろうか。

小生の場合、それは殆ど無かったのだが、それでも例外はあって、過去に非クラシック音楽レコードが1枚だけ存在する。

クラシックの音盤では、店内で聞こえてくる楽曲はたいてい、既知のものが多く、あの環境では演奏内容を云々することなど、とうてい出来るわけもなかったから、到底購買に結び付くものではなかったようだ。

CD時代の今でこそ視聴は割と簡単に可能だが、レコード時代の視聴はほとんど困難だったから、購入にあたっては、友人たちの情報あるいは、不承不承ながら音楽雑誌のレコードの演奏録音評などを頼りにするしかなかった。

クラシックやジャズの音楽雑誌は当時から存在したが、その他の音楽雑誌は、ミニコミ的な存在だったから、マニアックな人達以外は、そういう雑誌の存在さえ知らないから、情報を容易に掴むことが出来なかった時代でもあった。

カントリー、トラッド、フォーク、R&B、などのジャンルは、愛好者数が少なかったせいか、ヒットチャートに乗ったものはともかく、そうでないものは大手のレコードショップでさえおいてない事が多く、それらのジャンルを深堀りするには、それぞれの分野の専門店を探すしかなかったが、それさえ情報がないのが常で、見つけたとしても、東京大阪にあるのが常だから、通販が確立してない時代にあっては、地方の住民では、入手することはほぼ困難であった。

このレコードを入手したのは、そんな時代の、CDが台頭して来る少し前の事1980年代最初頭であった。

あるレコードショップでレコードを物色中のこと、曲想は間違いなくカントリー音楽であるが、歌っているのは1960年70年代に愛好者が多かった「R&B」、いまでいうところの「ソウル」「ブラコン」の歌い手、アレサ・フランクリン、ティナ・ターナー、少しだけ年代が下がって、ロバータ・フラックの系統の誰かのようであった。

声質はロバータフラックに似ているので、最初は彼女の歌かと思ったが、高域の音が違うように思ったので、どうやら彼女ではないとおもったのだった。
レコードショップで流れているその曲は、カントリー音楽をR&Bアレンジで歌っているようであったから、そしてその単純な3つのコードのバックと、やはり単純であるがいきなりの転調メロディーで歌われるその曲は、妙に懐かしく、そして単調であるにもかかわらず新鮮なものとして耳に入ってきた。

それで小生は物色の手を止めて、しばらく聴き入ったのだった。

ソロの歌い手はもちろんだが、小生は特にバックコーラスを好んでいるのだが、聴きにくい環境であったが、
バックコーラスの旨さに、このアルバムの質の高さが垣間見れるようであった。

歌っているのは女性シンガーで、ロバータ・フラックに似た所があるが、こぶしは彼女より強く利かせている。
そして「粋」を感じさせる歌い方にも惹かれるものがあった。

それらが相まって本来至極単純であろうこの曲を、味のあるものにしているようで興味が湧いてきたから、
それで小生は受付カウンターに行って、店員に、「今掛かっているのは誰ですか」と聞くと、店員はレコードジャケットを示し、レコードプレーヤーの針の進み具合を確認してから、3曲目だから「rider in the rain」デスネと告げた。

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ジャケットには、黒人の美人女性が鏡を見ながら、口紅を指している光景があって、「Patti Austin Live At The Bottom Line」という文字が目に入った。

有名なボトムラインでのライブということと、掛かっていた曲がすごく気に入って、他の曲は無視しても、この曲だけでも聞く価値がある、そう思って勇んで入手した1枚であった。

CTIレーベルは名プロデューサー、クリード・テイラーが創設した、主にジャズ、フュージョン(クロスオーヴァー)系統のレコード会社で、懇意にしていたジャズ専門のレコードショップのオーナーから勧められ、すでに数枚は所有していたから馴染みのレーベルだ。

お気に入りの1枚、オクターブ奏法で知られるウェス・モンゴメリーの『A Day In The Life』は、クリード・テイラーがA&Mから独立してすぐの作品で言わばデヴューアルバム。
大好きで良く聴くGets&Gilbertの名盤「イパネマの娘」は、A&M時代のクリード・テイラーの作品である。

女性R&Bを収録したレーベルがCTIというのは、60年70年代に活躍したR&Bの歌姫が多く所属した、A&Mの後継でもあるから、ソウルのパティ・オースティンの録音も至極頷ける。

いかにもCTIらしいと思ったのは、アルバム全てをソウル(R&B)オンリーに終わらせてなく、なんと「ランディ・ニューマン」の作品を取り上げたことで、しかもバックのリズムセクションは、ジャズフュージョンの香りが高いことだ。

ランディ・ニューマンの作品では、特に詩が重要だから、以下にあげておくことにする。
伝統的な4行詩で出来ていて、雨の中、馬にまたがってアリゾナに行こうとする主人公の心中をうたったもの。

ホルスターに入れた拳銃、詩にはないがもちろんカウボーイお決まりの、馬の腹にライフル銃もセットして、跨った馬の背中、バンジョー抱えて、など西部劇の定番、カウボーイの匂いがプンプンする。
しかし男の孤独を歌ったものとして現代に通じるものがあるように思うのは考え過ぎか。

カウボーイの伝説を歌にし、Yippie-i-ay, Yippie-i-ohh
Ghost Riders in the skyと結ばれる歌、50年代にジョニーキャッシュが歌って流行ったカウボーイソング「ghost rider in the sky」は、日本では「伊藤素道とリリオリズムエアーズ」というコーラスバンドが、ムチの音(たしかスリッパを叩いていた)が擬音で入る「ローハイド」とともに、TVの音楽番組でよく歌っていたが、ネーミングはこれからヒントを得たのではないだろうか。

「ノースウィンド」(北風)というウエスタン音楽も流行っていて、「北原謙二」が、こぶしを入れた鼻にかかったノンビブラート歌唱で「えくぼのかわいい娘だったが、北風が連れて行っちゃった・・」と歌っていたが、メロディはランディ・ニューマンの「rider in the rain」にとても似て、米国ではスリム・ホイットマンが歌っていた。
懐かしの北原謙二の「北風」

ランディ・ニューマンがなぜこのような曲と詩を書いたのか。
推測にすぎないが、少年期にTVや」映画で見た西部劇、音楽番組で聞こえてきたウエスタン音楽が彼の原点の1つであったのではないだろうか。

現在60から70歳の年代の人は、日本人でも西部劇の洗礼を多分に受けているから、ましてや本家の米国人なら、ごくノーマルで普遍的な事だったに違いない。

例外なくランディー・ニューマンも、そういう少年であり、今でも西部劇が好きなのだろう、そう小生は思っている。

「rider in the rain」

Got a gun in my holster
Got a horse between my knees
And I'm goin' to Arizona
Pardon me boys if you please

I have been a desperado
Raped and pillages 'cross the plain
Now I'm goin' to Arizona
Just a Rider In The Rain

He's a Rider In The Rain
He's a Rider In The Rain
And I'm goin' to Arizona
He's a Rider In The Rain

Oh my mother's in St. Louis
And my bride's in Tennessee
So I'm goin' to Arizona
With a banjo on my knee

He's a Rider In The Rain
He's a Rider In The Rain
And I'm goin' to Arizona
He's a Rider In The Rain

Used to work in Uncle's feed store
While he was fightin' in the war
Now I'm goin' to Arizona
Ain't gonna work for him no more

I'm the son of the prairie
And the wind that sweeps the plain
So, I'm goin' to Arizona
Just a Rider In The Rain

He's a Rider In The Rain
He's a Rider In The Rain
And I'm goin' to Arizona
He's a Rider In The Rain

He's a Rider In The Rain
He's a Rider In The Rain
And I'm goin' to Arizona
Just a Rider In The Rain

おじさんの店の店番をしていたが、戦争が終わりおじが帰還したので必要無くなった。
母はセントルイス、兄弟はテネシーにいるが、しかし俺はアリゾナにいくんだ。
アリゾナに行く、行きたいという気持ちの背景は何かを想像して見ることにした。

現在ではR66が通っていて、西部劇時代は交通の要の土地、ワイアットアープのトームストンや60年代にTVで放映された西部劇番組、アリゾナ・トム、シャイアン、ボナンザ、ローハイド、ララミー牧場、ライフルマン、胸に輝く銀の星、西部の男パラディン、拳銃無宿、コルト45、ライフルマン、アリゾナレーンジャー、ガンスモーク、ブロンコ、思いつくものでもコレだけある。
すべてがアリゾナに関係しているわけではないにしろ、アリゾナは西部劇舞台の宝庫であることに間違いはない。

アリゾナは多くの人が集まる街であり、流れ者も、一発屋も、商売人も、山師も、ガンマンも、賞金稼ぎなど多くの人種を受入れたのだろう。

この詩の主人公は、生活の糧を得るために、職を求めていこうとしたのだろうか、親兄弟が別の町にいるところから、一家離散の目にあったのかもしれない。

これまでは無法者で、多くの悪を働いたというから、誰かに追われる身だったのだろうか。
改心して新しい土地で、やり直そうと思ったのだろうか。

自らを「平原児」というから、野生的な田舎者の男であろう。
そういう男が、もはや自然の中で野生のままには生きていけない時代になってきたということなのだろうか。

それとも金儲けの目的でもあったのだろうか。

または西部劇につきものの「女」なのか。

種々雑多な推測が可能だが、それらはすべて、少年期に見たTV放映の西部劇の影響である。

And I'm goin' to Arizona、He's a Rider In The Rain「アリゾナに行くんだ」「馬に跨ってこんな雨の中を」というフレーズが、しつこいぐらいにこれでもかと繰り返される。

主人公のアリゾナ行きの決意は相当硬いし、雨の中を行くということは、急いでいると見てよいだろうから、やはり追われているのか、もしくは女に会いたいのではないか。

推理が当たるとは考えてないが、しかしこんな風に、あれこれ想像するのは楽しい事である。


残念ながらパティ・オースチンの歌がなかったので、作者のランディ・ニューマンとリンダ・ロンシュタットのデュエット、バックのギターにはライ・クーダーという豪華な組み合わせで。
バックコーラスがないのは残念だが、これも悪く無い。


単純だが、ほんの少しひねりが加えられた、とても懐かしい香りのする曲である。

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by noanoa1970 | 2011-09-09 22:41 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(2)

Commented by Abend at 2011-09-10 18:28 x
sawyer様、こんばんは。
海外TVドラマでは、『タイム・トンネル』もアリゾナでした。opナレーションの「タイム・トンネルは、アリゾナ砂漠の地下数千メートルにある科学センターに備えられ・・・」は、何十年経っても憶えています。
西部劇の歌で一番好きなのは、ブラザーズ・フォアの『遥かなるアラモ』(The Green Leaves of Summer)です。ジャズ出身の歌手北原謙二の『北風』は、初めて聴きました。『若いふたり』や『さよなら さよなら さようなら』(後に歌詞を替えて平和勝次とダークホースが『宗右衛門町ブルース』としてヒットさせます)ぐらいしか知らなかったので、認識を新たにしました。
Commented by noanoa1970 at 2011-09-10 20:41
Abend さまこんばんは
タイム・トンネルは時々見ていましたが、多分他チャンネルの番組とかぶっていたらしく常時ではなかったようですから記憶にあまりありません。
ブラフォーとキングストントリオは曲目がかなりダブっていますが、バンジョーが活躍するのはキングストントリオでしたね。
アラモの音楽には「アラモの歌:Ballad of the Alamo」というのもあります。http://www.youtube.com/watch?v=eL62m5umP4g
マーティン・ロビンスが歌っていますが、「遙かなる」はアラモ郷愁的な誌が付けられていますが、こちらはアラモ攻防までの経緯を語ったものです。ジムヒューイ、デヴィー・クロケット、トラヴィス大佐、戦いが1836年であったことを覚えたのもこの曲を聴いたからでした。
「北風」は1964年の北原のヒットで、同じくウエスタンのカウ・ライジャもよく歌っていました。ジャズはなぜかポピュラーにはならずに、ウエスタン音楽が幅をきかせる時代で、多分日劇のウエスタンカーニバルが影響したと思われます。
TV放映の西部劇主題歌も多く歌われました。映画「リバティバランスを射った男」は時々歌われましたが、難しくて歌いこなせてなかった記億があります。