懐かしのポップスオーケストラ「夏の日の恋」

夏になると、毎晩のようにラジオから聴こえてきた曲。
それが「夏の日の恋」だ。

それが映画のテーマ曲と知ったが、当時中学生の小生は映画は見ていない。
夏休み、祖父の家にあそびに行くと、高校生になった叔母が、映画を見たのだろう、このレコードが置いてあり、安物のレコードプレーヤーで、聞かせてくれたが、あの時の演奏はだれのものだったのだろう。

演奏する楽団は聞く度に違っていたようにも、同じようにも聴こえたが、当時はそのようなことよりも、ラジオでこの音楽がかかるのを楽しみにしていたし、なにせ、気になるのは、音楽の題名「夏の日の恋」そして映画の「避暑地の出来事」、叔母に聞いてもキチンと答えが返らなかったので、いったいどのような物語なのかと、想像を巡らしたものだった。

実際に映画を見たのは、それから40年後のことだが、映画よりも、音楽の新鮮度、印象度のほうがずっと強かった。

youtubeはこんな時便利で、検索すると、一番のヒットは、パーシーフェース管弦楽団と判明した。

高域の弦とホルン、トロンボーンの合いの手は記憶に残っている。
これがやはりスタンダードなのだろう。
Percy Faith 映画「避暑地の出来事」 Theme from '' A SUMMER PLACE ''


こちらはヘンリーマンシーニ。
パーシーフェースとよく似たアレンジだが、キーが高く、よって弦がきらめくように聞こえる。


101ストリングスのものがあったので・・・
こちらは少しアップテンポで、ヴァイオリン弦は先の2つよりも低く、低弦部が伸びやかだ。
弦楽合奏中心のものだ。101 Strings Orchestra: Theme From 'A Summer Place' (Steiner, 1959) - Movie Clips


ドイツのジェームスラストオーケストラも録音していた。
リズムの取り方が違っていて、ワルツになっているが、これもおもしろい試行だ。
THEME FROM A SUMMER PLACE-James Last


小生がラジオで聞いたのは上記のどれかだっただろう。
パーシーフェースかマンシーニの公算が強いと思うが、101ストリングスの名前もよく登場した。

こちらは番外編。
小生の大好きな「この世の果て」のスキーター・デイヴィスの唄うもの。
初めて聞いたがなかなかよい。
Skeeter Davis - Theme From A Summer Place

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by noanoa1970 | 2011-08-16 16:13 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(15)

Commented by HABABI at 2011-08-16 22:09 x
sawyerさん、こんばんは

何ヶ月か前にyoutubeで同じものを見ました。
私は、長いこと、「夏の日の恋」とは別に「避暑地の出来事」という曲があるものとばかり思っていました。いい加減な記憶です。
とにかく、この曲の場合も、音楽が流れ始めた途端に、どっと思い出に浸ってしまいますね。案外、良き時代、だったのかもしれませんね。
Commented by noanoa1970 at 2011-08-16 23:11
HABABIさんこんばんは
>この曲の場合も、音楽が流れ始めた途端に、どっと思い出に浸ってしまいますね。案外、良き時代、だったのかもしれませんね
そうなんです。
12.3歳の時だから中学生になったばかりのころだったと思います。TVでは海外ポップスの日本語焼き直し番組が流行ってましたが、小生はラジオで本場ものを聞くのが好きでした。
夏休みだったこともあって、この曲はかなり耳に入ってきました。
海外のポップスに目覚めたのはもう少し古い時代で、今のオールディーズと呼ばれるるものでしたが、それと並行してポップスオケの繊細さとダイナミックさに圧倒されていました。西部劇音楽が入門でしたが、夏の季節はビリーヴォーン楽団もかなりラジオから聞こえてきた記憶があり、「珊瑚礁の彼方に」「真珠とりのタンゴ」「波路はるかに」は、特に印象が強かった曲です。
youtubeでほとんど聴けるのは、有りがたいことです。    
Commented by noanoa1970 at 2011-08-16 23:16
訂正です
「真珠とりのタンゴ」はアルフレッド・ハウセで、ビリーヴォーンは「真珠貝の唄」でした。「真珠とり・・・」あのころは、ビゼーの歌劇から取られたとは、夢にも思わないことでした。
Commented by ベイ at 2011-08-17 00:05 x
「夏の日の恋」のオリジナルは、パーシー・フェイスに決まりですね。noanoaさんが中学生のころ聴かれたものも間違いなくパーシーです。ヘンリー・マンシーニや101ストリングスはカバー・バージョンで、ラジオでかかる回数は少なく、もっぱらレコードで知られています。
下記は市販のパーシーのカタログのサイトです。彼は亡くなる直前、ディスコ調の「夏の日の恋'76」を録音、これもヒットしました。この年に来日もしましたが、メンバーにはジャズの巨匠ジョー・サンプル(ピアノ)や、バディ・コレット(フルート)も参加しており、楽屋でバディからサインをもらったのも懐かしい思い出です。

http://www.sonymusicshop.jp/m/arti/artiShw.php?site=S&ima=0000&cd=15060101&lay=otona
Commented by Abend at 2011-08-17 02:13 x
sawyer様、こんばんは。
私もパーシー・フェイスで聴いていました。映画音楽やムードミュージックは、中学時代以来好きです。
アルフレッド・ハウゼは『碧空』が一番好きで、アル・カイオラがギターで演奏した『いそしぎ』も愛聴曲です。
フランク・チャックスフィールドだったと思うのですが、『蒼い影』という曲は無かったでしょうか。プロコルハルムの有名な『青い影』ではなく、かなり激情的な曲です。レコードが今は手許にないので、
聴きたいと強く思っています。メロディーの一部だけしか憶えていない曲が、これを合わせて3曲あります。
Commented by noanoa1970 at 2011-08-17 08:01
ベイ さんおはようございます。
やはりパーシー・フェイスで流行ったのですね。
しかしジョーサンプルがメンバーに入っていたとは、知りませんでした。あの人いろいろなところに顔を出しますね。
いつも疑問に思うのだけど、ポップス楽団は、ボストンポップスのように、クラシックオケからの人材登用なのか、それとも自前なのか。いろいろあるとは思うのですが、どれも非常に演奏が凄いのでいまさらながらに驚きます。
Commented by noanoa1970 at 2011-08-17 08:30
Abendさまおはようございます。
やはり我々の世代の人は、ポップス、&ムードミュージックの洗礼を何かしら受けているのでしょう。JAL/城達也のジェットストリーム時代まで存続したということは、人気も高かったと思われます。
『いそしぎ」、ハウゼでしたか。
『蒼い影』・・・あいにく小生ははプロコルハルムしか知りません。
Commented by Abend at 2011-08-17 20:27 x
sawyer様、こんばんは。
『蒼い影』ではなかったかも知れません。確かポリドールから発売されていた、映画音楽やムード音楽を集めたLPで、1曲目がフランク・チャックスフィールド・オーケストラによる『ライムライト』で、その次に入っていた曲です。
『いそしぎ』は、フランス映画の音楽で、フランシス・レイが作曲したものです。
ジェットストリームは、当時の放送から録音されたopがYouTubeにあったので取り込みました。やはりこのopは、城達也のタイトルナレーションのフェイドイン→電子効果音→『ミスター・ロンリー』に被せたナレーションですね。
Commented by ベイ at 2011-08-17 23:36 x
sawyer様
ポップス楽団は、ボストン・ポップスのように母体となるオーケストラがあるわけではないので、録音やコンサートにさいして、優秀なスタジオミュージシャンを集め編成するパターンが多いように思います。いつも参加するレギュラーメンバーもいるでしょうが、オケのトラのように臨時のメンバーを集めるのだと思います。76年にパーシー・フェイスの楽団のヴァイオリニストと楽屋で話した時、昔トスカニーニと一緒に演奏したとことがあるというので驚きました。NBC交響楽団のメンバーだったかもしれません。
Commented by noanoa1970 at 2011-08-18 07:58
ベイ さんおはようございます。
>録音やコンサートにさいして、優秀なスタジオミュージシャンを集め編成するパターンが多いように思います。
録音はともかく、海外公演では、スケジュールの問題がありますから、クラシックのオケの常駐メンバーでは無理があると思いますので、サブメンバーのトラの可能性もありますね。しかし彼らの腕は大したものだと、聴いていて思うところ多しです。アメリカのクラシックのオケでも、ほとんどがトラによって構成されたものがあるぐらいですから、ポピュラー畑では、なおさらでしょう。いろいろな手段で生活費を稼ぎながら、好きな音楽をやっていたと思われます。
Commented by noanoa1970 at 2011-08-18 08:13
Abend さまおはようございます。
>城達也のタイトルナレーションのフェイドイン→電子効果音→『ミスター・ロンリー』に被せたナレーションですね。
深夜の下宿で一人、FMを聴いていた時代が懐かしく思い出されます。
「ミスターロンリー」は、ご存知フランクプールセルの演奏ですが、小生はボビー・ヴィントンの歌で聴いていました。http://www.youtube.com/watch?v=JnOy3GqnvdE
小生にオ学生時代、十字屋で働いていた出谷啓は、ムードミュージックをダメにしたのは、フランクプールセルであると、断言しました。それは、ムードミュージックに初めてロックの要素を取り入れたからというものですが、今となってはあまり妥当なものとは言いがたいです。彼は当時、他の評論家達があまり得意としなかった、イギリス近代音楽、アメリカ音楽そしてイージーリスニングを開拓しようとしていました。かなり話したことがありましたが、癖がある一方、思わぬ視点持った男でした。関西音楽連合・・・「関音楽」の会長をやっていて、桃大での集まりの際、来たのはDRACの数人だけという始末。雑談で終わったという経験があります。
Commented by Abend at 2011-08-18 20:50 x
sawyer様、こんばんは。
デーヤンは、ムード音楽はクラシック風のストリングス主体であるべきとという信念があるのかも知れませんね。アクの強い人ですが、日本では軽視されがちであったストコフスキーやオーマンディを高く評価していたのは印象的でした。ドイツ音楽が主で、精神性という観念に囚われている評論家や愛好家への抵抗があったのだと思います。
プウルセルは『ミスター・ロンリー』以外では『アドロ』ぐらいしか知らないのですが、『ジェット・ストリーム』のEDはルフェーヴルの『夜間飛行』でしたね。OPとEDにフレンチ・ムードの曲を使ったのは、シックでエレガントな雰囲気が特徴であった、あの番組ならではの選曲ですね。
Commented by noanoa1970 at 2011-08-19 08:34
Abend さまおはようございます。
>ドイツ音楽が主で、精神性という観念に囚われている評論家や愛好家への抵抗があったのだと思います。
其れと同時に、今までだれも評論の対象にしていなかった、新しい分野に斬り込み、自己アイデンティティを高めようとしたとも考えられます。
彼はコンヴィチュニーの大阪公演を聞いたらしく、「酒に酔って指揮台に上がる奴には、ろくな演奏ができるはずがない」と、小生に豪語したことがありました。まだ十字屋の職員の頃ですが、演奏其のものに言及しなかったので、形式主義的な男という印象を持ってしまいました。あの頃は、自分よりも知見があるかないかで客を常に見るような所がありました。万人が求めるディスカウやプライの「冬の旅」、小生がホッターを注文すると、「おまえがこんな珍しいものを聞くのか」というような表情をしたことを思い出しました。
Commented by noanoa1970 at 2011-08-19 08:35
「ビーチャムのディーリアス」の時も「ドビュッシーのセヴァスティアンの殉教」の時も、「聞くべき音楽を聞いてない、お前にはまだ早い」というような挑戦的態度でしたが、今考えれば、彼も修行中、古い考え方のクラシックファンから抜け出てなかった時代のエピソードです。最近の彼の言動を知りませんが、熟成されていることを期待しています。
続きです
>ムード音楽はクラシック風のストリングス主体であるべきとという信念

推測に過ぎませんが、弦楽器主体のイギリス近代音楽の影響かもしれません。イギリスの弦楽合奏には素晴らしい作品が多いですが、その要因を探るのも面白いと思い始めています。ムード音楽のオーケストラにもイギリスのものが結構ありますね。
Commented by Abend at 2011-08-19 20:34 x
sawyer様、こんばんは。
調べてみましたら、ムード・ミュージックという言葉を最も早く使ったのはモートン・グールドだそうです。モートン・グールドといえば、我々の世代ではコール・ポーターの『so in love』のアレンジでしょうか。TVの『日曜洋画劇場』のED曲ですね。このアレンジ版は、日本だけで有名なのでしょうか。『吉本新喜劇』のテーマ曲
(毎日放送で使われていた有名な方です)であるレオ・ウッドの『サムバディ・ストール・マイ・ギャル』などは、本国では忘れられ去られている曲だと聞いたことがあります。