ベルリンフィルの巨漢

先日UPした往年の名指揮者の写真を見ていろいろ議論が進んだ。

撮影場所はどこか、誰がホスト役か、この写真の時代背景など、興味深いコメントが寄せられて、たった1枚の写真から、有意義な時間が過ごせたことは、ありがたい事だ。

その中で、指揮者の身長に話が及び、いくつかそれに纏わるコメントを頂いて、初めて知る意外な事実などもあり、話が発展した。

常連のcyubaki3 さんからは、ジョージセルが、意外に身長が高く、180センチ有るのではないかという情報が寄せられ、小生も意外なことだった。

Abendさんから、>バスのアッティラ・ユンです。高身長のみならず、巨体ですね。彼を歌手と知らないで見たら、プロレスラーとしか思わないでしょう。以上の情報が寄せられ、他にノイマン、カラヤン、ラヴェル、ドビュッシーが背の低い事を上げておられました。

それで、いつもコメントを頂いているAbendさんへのコメント返しを、こちらですることにさせていただくことにしたのは、ある画像を貼り付けたいからである。

<ベルリンフィルの巨漢>
d0063263_1516195.jpg

上の画像は最近のベルリンフィルの第2バイオリン奏者ヴィオラ奏者のもの。
アバドの「大地の歌」終了時の退場の場面。
カメラが映しだすたび、バイオリンヴィオラが小さく見えて、この人の指で、本当に弦を正確に押さえられるのか、心配になるような、ひときわ目立つ巨漢である。

巨漢だが、ニコッとする場面に遭遇した時の顔つきが、思いがけず柔和だったのが印象的だったので、かなりの高印象。

それでデジカメで写撮っておいたものである。

名前は確認できてないから、どなたかご存知のかたご教示願います。

d0063263_17281286.jpg
全体像では、向かって右の2列目、女性奏者の向かって左の人になりますから、2列目ということになります。
実はBPOのメンバーリスト、捜したのですが見つかりませんでした。
ご教示ありがとうございました。


追記
abendさんの協力で、
件の巨漢人物は、Va奏者Joaquín Riquelme García さんと判明しました。

[PR]

by noanoa1970 | 2011-06-26 15:21 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(14)

Commented by Abend at 2011-06-26 16:09 x
sawyer様、どうもありがとうございます。
BPOのHPにある1st.Vn、2nd.Vn、Vaの奏者一覧を見ますと、

1st.Vnでは、二段目の左から2人目のZoltán Almási氏。
http://www.berliner-philharmoniker.de/en/berliner-philharmoniker/the-orchestra/1st-violins/

2nd.Vnでは4段目の左から2人目のArmin Schubert氏。
http://www.berliner-philharmoniker.de/en/berliner-philharmoniker/the-orchestra/2nd-violins/

Vaでは2段目の左から2人目のJoaquín Riquelme García氏。
http://www.berliner-philharmoniker.de/en/berliner-philharmoniker/the-orchestra/violas/

この3人のうちのどなたかと思うのですが。
Commented by noanoa1970 at 2011-06-26 17:45
Abendさま
小生のBPOオケ配置の取り違えだったら申し訳ないのですが、念のため全体像画像を貼り付けましたので、位置を確認ください。小生は第2Vnだと思うのですが、変形配置ならVaの可能性も否定できませんので。
Commented by noanoa1970 at 2011-06-26 18:00
今BPOのURLで確認できました。
やはりオケ配置、小生の取り違えで、Vaは向かって左に位置していることが分かり、従ってVa奏者Joaquín Riquelme García 」さんと確認。
しかしこの時のアバドのオケ配置、近代配置なのでしょうが、あまりお目にかかったことがない、少し変形された配置です。
向かって左から、第1・第2Vn、チェロそして一番左にVa。
コントラバスはVaの後方に配置されています。最も「大地の歌」ではパートごとの活躍が目立つ曲ですから、音響の偏りはあって当然。ですからこういう配置でも問題ないのかもしれません。
Commented by noanoa1970 at 2011-06-26 18:02
Garcíaの隣が「清水直子」さんということになるのでしょうか。
Commented by Abend at 2011-06-26 18:37 x
sawyer様
オケの配置が解説されているページに、次のようにありました。

>ベルリンフィルなどがやっていて少し流行った配置ですが、弦を>1st・2nd・Vc・Vaと並べる配置です。こうすることによりVcのf>字孔が前を向くため、Vcの音が通りやすくなります。
http://www.alpha-net.ne.jp/users2/n412493/classic/setting.html

「大地の歌」での配置は、これではないのでしょうか。そうだとすると、彼の巨漢氏はVaになりますね。Vaだとすれば、一番風貌が似ているのはJoaquín Riquelme García氏でしょうか。
Commented by Abend at 2011-06-26 18:53 x
ストコフスキーが始めた、舞台下手から1st.Vn、2nd.Vn、Va、Vcの配置のうち、VaとVcの位置を交換した配置は「N響配置」と呼ばれているらしいですね。何でも、N響が初めてやったとか。
Commented by cyubaki3 at 2011-06-26 20:28 x
セルの身長182センチの情報源はwikipediaです。以下は引用です。

カラヤンはセルを非常に尊敬していた。しかし実際に顔をあわせると身長の差(セルは10cm以上身長が高い182cmあった)もあって緊張し、セルがカラヤンに意見を求めてもカラヤンは「はい、マエストロ」と小声で言うのが精一杯だったという。
-------------------------------------------------

来日時の写真ですが、やはりかなり背が高い様に見えます。
http://bit.ly/mOj90X
Commented by noanoa1970 at 2011-06-26 21:49
Abendさま
たった今N響/小高、キッヒュルの「英雄の生涯」をみて、いつものカーリーヘアーのヴィオラ奏者が右端にいるのでおかしいなと思ってよく見ると、ヴィオラ軍団は全て右端に配置され、チェロバスの位置こそ違うものの、BPO/アバドとよく似た配置だと思ったところでした。これがN響配置ですか。NHKホールの特性に合わせたのでしょうか。管楽器の配置は違うようですが、この弦楽器の配置、両翼配置の次のスタイルとして、昨今流行になってきたのでしょうか。どのような理由でこのような配置を取るのか、理由がわかるといいのですが。(多分音響に答えがあると推測しますが)
Commented by noanoa1970 at 2011-06-26 21:55
cyubaki3さま
写真や映像で見る印象と、実際が違うことは、タレントなどTVを媒体に経験したことですが、指揮者はそれを見事に裏切ってくれるようです。指揮台に立ってですから、高く見えても良さそうなのに、顔つきや体格からそうは見えないことが多いように思います。だから頭の中の計算が少し難しいのかもしれません。
アバドにはすっかり騙されました。
Commented by noanoa1970 at 2011-06-26 22:23
Abendさま
コメント開封が前後してしまい申し訳有りません。
お陰さまで巨漢の奏者が判明しました。Abendさんのおっしゃるとおりです。

オケ配置ですが、Vcの音、ただでも通りやすいと思うのですが、ことさら通りやすくる=低弦部が強く聞こえることがBPOの音響の特徴でも有るように受け取りました。しかしアバドはBPOの低音部強調を嫌ったとも言いますから、真意はわからないですね。

第2VnのF字窩が指揮者を挟んで第1Vnと向かい合うスタイルでは、第2Vnの重要性(縦の線)を重視しする指揮者や、楽曲によりますが、1と2の掛け合いにメリットがある楽曲の場合は、また違うのでしょう。概してラトルはこの配置が好きなようです。

小生は所有していませんが、BPO/アバドのベートーヴェン全集。
ベーレンライター版での演奏と言われていますが、オケ配置はどのようだったのか、気になってきました。
Commented by Abend at 2011-06-26 23:05 x
sawyer様
高弦順に並べるストコフスキー式配置のヴァリエーションであるわけですが、マーラーやR.シュトラウスといった後期ロマン派の作品以外にも使われているのかがわかりません。今、録画したN響の2つの第九の映像をちょっと見てみたのですが、昨年末の第九(リリング)はストコフスキー式、震災チャリティーの第九(メータ)は対向配置でした。

マーラーは指揮者でしたから、オケの配置も考えて作曲したはずです。マーラーの時代は対向配置で、ストコフスキー式配置が出来た1920年代にはマーラーは亡くなっていましたから、VaとVcが位置交換した配置が、何のためにそうされたのかは謎です。知りたいと思います。
Commented by noanoa1970 at 2011-06-27 08:26
Abend さまおはようございます。
昔のはなしですが『両翼配置』主義者が、掲示板にて近代配置以前の楽曲は、全て両翼配置でやらないといけないという論評でした。しかしそれは正しいようでそうでもなく、ホールの大きさ、響き方、聴衆の規模、などが変化しているわけですから、そういう環境で最も良く響き細かい音まで濁りなく通ることが、求められる最大の要素で、従ってどちらか1つというのは教条的発想に過ぎないという意見もありました。このようにオケの配置問題については、かつての掲示板でも盛んな議論がありました。何のために配置が決まるのかは、ヴァイオリンの配置については、個々でも話されたとおり、おおよその検討がつきましたが、複数の意見があったので、決定打はなかった記憶があります。
小生は指揮者の仕事とばかり思っていた、オケ配置は誰が決めるのかについても、ホールとオケを知り尽くした人、すなわちそれが指揮者の場合やステマネ、コンマス、あるいは団員総意、その複合など意見があったようでしたが、結論は出ませんでした。リハなどで指揮者が決めるのがスタンダードのように思うのですが、
Commented by noanoa1970 at 2011-06-27 08:27
演奏する側からの意見によると、個々のオケによっても、その時の事情によっても、決定過程が違うことがあるようですから、オケ配置決定スタイルについての普遍的言及が無いものと思えます。演奏会や録音における情報サービスの一環として、オケの配置についての演奏者側の考え方を示してくれるとありがたいと思うのですが。そして最近でこそ、マスコミを媒体とするものに関しては、少しづつあるように思いますが、指揮者の解釈に関するメッセージ情報は欲しいところです。これさえあれば、へたな評論家の解説はいらないと思います。
Commented by Abend at 2011-06-27 20:48 x
sawyer様、こんばんは。
近代配置以前の楽曲は全て対向配置たるべしというのは、確かに教条主義に過ぎないですね。ピリオド楽器で演奏すべしに共通する胡散臭さを感じます。両者に共通する胡散臭さ、それは時代状況の軽視にあると思います。進化した音響技術を駆使して「作られた」ホールの音響を、「ほとんどが20世紀生まれの人間が21世紀に聴いている」という状況を、軽視しているのではないかと思うのです。故・シノーポリが、マーラーの交響曲は対向配置で演奏されねばならないと言っていましたが、マーラーの時代のオケ配置には、現代のような選択肢がありませんでした。近代的な音響技術も、録音技術も皆無に等しい時代でしたから、マーラーが自作の音響効果を上げるには、楽器や合唱の編成で行うしかなかったといえます。アコースティック録音での音響効果を上げるために楽器編成を大胆に変えたストコフスキーは、その意味でマーラーの近代的後継者だと思います。

ホールや録音が演奏を決定するというのが、近現代における音楽状況ではないでしょうか。