気怠い昼に

どうもすっきりしない天気だ。
暑くてジメジメするから、気分も良くない。

そんな時に聞く音楽は、どれにしようかと、考えるまでもなく、とっさに閃いて決めたのがこの音盤。

この曲はこのアナログディスクでしか所有してない。
足掛け50年に渡る愛聴盤だし音質が良いので、他の演奏やCDに換える必要のないLPディスクの1枚である。

しかし実は、現在所有のアナログディスクの前に、国産のオリジナル盤を所有していたのだが、知人に持っていかれてしまい、それっきりとなってしまった。

それで現在所有の、いわば焼き直し盤、メタル原盤使用とした音の良さを売り物に、廉価で販売されたものを80年代に購入することになった。

このシリーズ、例によってジャケット裏には、スペアナの測定値がグラフに示されていて、いかにもオーディオファン好みの音盤に仕上げてあるが、発売当初から録音の良さで知られていたものでもある。

しかし音質は初期盤のほうが良かったように思うが、家庭用ステレオで聞いていたから、本当のところはわからない。

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現在所有のジャケットは、スペインの踊り子が使うような、豪華な扇子が写されているものだが、初期盤のジャケットは以下の写真と同じである。
今は手元に無いので捜したが、このCDジャケットしか見当たらなかったが、オリジナルレーベル仕様としてあり、ジャケットも初発売の小生がかつて所有したものと同じもので、懐かしいので借りてきた。
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1960年70年代のレコードジャケットは、何故か、それが似合うか否かは別として、演奏者の顔写真が使われることが多かった。

恐らくは、情報量が少なかったその頃は、現在のように個人が簡単にWEBで調べることなど出来なかったから、演奏者のプロフィールの一環としての顔写真という意味合いがあったものと思われる。

だからロンドン(DECCA)レコードの「アンセルメ」のような、あの顔とは、およそ縁がないと思えるフランス音楽集のジャケット始め、新譜が出るたびことごとくあの顔が使われていた。(演奏はよかったがジャケットは・・・)

その頃のほとんどの指揮者、ソロイストの顔写真が、ジャケットに使われたと思えるぐらい、レコード会社こぞって顔写真を使うことが多かった。
ジャケット写真のイメージは、それから長くそのままの姿形で、頭の中に残っていたから、時がずいぶん過ぎてから、実物や現在の写真を見て、その変容に驚くこともあったほど、ジャケットでの最初の出会いの残像は強力だった。

際初に入手したこの音盤は、確か1963年のことで、うろ覚えになるが、ハイティンク/コンセルトヘボウの「展覧会の絵」を購入した時に、フィリップスの見本盤としておまけでついてきた17センチ盤(購買促進のサンプル盤)の中に、1楽章のほんの僅かな時間でしか無かったが、強烈なリズムと金管が炸裂するオケ、それまで聴いたことのないような柔らかなヴァイオリンが聴こえ、曲も演奏も一気に気にいってしまい、それでレコード屋に走ったという記憶がある。

ローザンタールもグリュミオーも、ラムルー管も、全く知らなかったが、実物見本は効果的で、この演奏は凄い、そう思えたものだ。

このころ小生は中学3年か高校1年生、迫力のある音楽に興味を惹かれた時期でもあったから、この曲の強烈で、しかも変拍子的リズムが情熱的な所、そして交響曲としながらも中味はヴァイオリン協奏曲という、洒落っ気のあるネーミングに惹かれたのだった。

そして「ラロ」という作曲家が何者であるかも知らないまま、この曲を愛聴してきた。
今では笑い話になってしまうが、「イスの王様」とは、「椅子の王様」という、おとぎ話の音楽かと思ったほどだった。

グリュミオーというヴァイオリニストは、ボベスコとともに、フランコベルギー楽派の流れを汲んだ人といわれ、グリュミオーの弟子がデュメイである。

フランコ・ベルギー楽派は「ヴュータン」の弟子の「イザイ」、イザイの弟子「デュボワ」という師弟関係が創りだした奏法で、「ヴュータン」の後継者「ヴィエニャフスキ」とその門下の「エネスコ」とも関連があるとされるから、大本は「ヴュータン」で、その師弟関係、音楽的交友関係によって確立されてきた演奏法と言える。

最初この言葉を聴いた時には、「フランコ・ベルギー楽派」の「フランコ」とはなにかがわからなく、やがて「フランコ」とは「フランス」のことと分かり、「フランス・ベルギー楽派」と言い換えると、音楽的特徴がわからぬでもないと思ったりもした。

改めて聴いてみると、グリュミオーは、冒険をしない丁寧な音作りだから、面白みに欠けるように思うかも知れないが、大きな特徴の彼のヴァイオリンの音色を象徴する言葉は、「豊饒」「芳醇」「純凛」である。

肥沃な大地で作られた良質の米を40%まで削り、不純物を削ぎ落として醸しだされた大吟醸、小生の好きな「春鹿」のように、仄かに洋なしの香りがする、舌離れのよいキリっとした旨みが、歯に絡んだ後、鼻から喉へと漂いながら五臓六腑に染み入っていく。
ワインに例えるなら、後味のよいシャブリ グランクリュというところだろうか、そんなヴァイオリンである。

この曲は結構起伏の激しい情熱的な曲だが、グリュミオーのヴァイオリンは、気負った所がなく終始気品を感じさせてくれる、しかし暑く燃えないところが不満だという人もいるだろう。

小生はこの曲を、バスク人の血がはいっているとはいえ、フランス生まれでフランス人のラロが、サラサーテをインスパイアし、擬似的望郷の観念的意図で作った曲と解釈している。
サラサーテに曲を献呈したとは、サラサーテを通じて、心の故郷バスクに想いを馳せた、そういうことであろう。

そのような意味から、小生は、スペインスペインするのではなく、ノーブルでスマートな香がどことなく漂う演奏が相応しいと思うので、それを高いレベルで満足させてくれた、グリュミオーの演奏に何ら不満はないばかりか、この演奏さえあれば良いと思っているぐらいなのだ。

ロザンタールの明色鮮やかで濃淡ハッキリの音楽、さらにこれでもかとばかりの、一際金管を引き立たせる棒は、グリュミオーのこの曲における唯一の弱点、情熱に溢れ、息をもつかせずというアグレッシブな表情を抑えて、少し覚めたところがある演奏をバックアップして補い、音楽全体のバランスをとっているように聴こえる。

従って情熱的なバスクの血とフランス人のノーブルなところが、うまく補完しあえたところが、この演奏録音の評価ポイントになる。

小生の所有音盤の中でも、もうすぐ50年の、最も古い付き合いで評価の高い音盤。
LPは買い直ししたが、演奏も録音も優れた音盤だから、CDに替える気は全く起こらない1枚で、昨今著しくなった駄演や駄録音と比べると、アナログディスクの時代は、司司に良いフィルターが存在したせいで、高水準の演奏録音しか、俎上に登らなかったから、絶対数は少ないものの、外れることは少なかったように思う。

さて、グリュミオーのヴァイオインの特徴をもっと知るために、ベートーヴェンのソナタをオイストラフと比較しながら聴いてみた。

ヴァイオリン奏者の奏法や音色に言及するのは、かなり困難だから、いずれは両者の特徴について書いてみるつもりである。

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by noanoa1970 | 2011-06-28 01:34 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(9)

Commented at 2011-06-28 21:15 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by noanoa1970 at 2011-06-28 21:34
cyubaki3さま
昔のDGのジャケットで今すぐ思い浮かぶのは、マルケヴィッチ。精悍な顔がいいと思いました。
アナログが聞けないのは残念ですね。
ぜひプレーヤー入手していただいて、コメントいただきたいです。
Commented by Abend at 2011-06-28 21:45 x
sawyer様、こんばんは。
ラロのスペイン交響曲は私も現在は1枚しか持っておりません。イダ・ヘンデル&アンチェル/チェコPOのCDです。今はもう持っていませんが、この曲のレコードを初めて買ったのが中学時代で、セラフィム名曲1000シリーズのフェラス&ジュスキント/フィルハーモニアO盤でした。フェラスとヘンデル、両者はグリュミオーと同じくエネスコ門下です。グリュミオーの演奏で聴いたことがあるものは少ないのですが、ハイデユのピアノと組んだフランクのヴァイオリン・ソナタはLPからCDへと聴いて来た愛聴盤です。

ロザンタールのことをお書きになっていて、うれしく思いました。これも中学時代にエラート1000シリーズでサティのパラードを聴き、好きになった指揮者です。パリ国立歌劇場Oを振ったドビュッシーとラヴェルの作品集を持っていますが、おっしゃるようにクリアでコントラストの明確な演奏です。彼はラヴェルの弟子にして友人でしたので、例えば「ボレロ」なども確信に満ちた名演だと思います。
Commented by noanoa1970 at 2011-06-28 23:11
Abendさまこんばんは。
小生も下記のCDを入手したことで、ロザンタールの音楽性が何とか分かるようになりました。アンゲルブレシュトとロザンタールはどちらも仏音楽好きにはおなじみですが、一般的には隠れた存在の指揮者ですね。Abendさま、同じ物をお持ちかもしれませんが、「ロザンタールの肖像」6CD、パリ国立オペラ座管弦楽団、他指揮:マニュエル・ロザンタール録音:1957-1959年(内容は、ドビュッシー、ラヴェル、ロシア小品)(お薦めなのですが、残念なことに現在廃盤だそうです)

過去記事で申し訳ありませんが、スペイン交響曲こにちなんだ記事を書いたことがあります。http://sawyer.exblog.jp/6927380/

ロザンタール関連では
http://sawyer.exblog.jp/6299145/
http://sawyer.exblog.jp/5265970/
時間があればどうぞ。
似たような内容の記事を過去に書いていたということになります。
Commented by cyubaki3 at 2011-06-28 23:24 x
上のコメント非公開になっていますが、間違えて非公開をマークしてしまったようです。

>ぜひプレーヤー入手していただいて、コメントいただきたいです。

そうですね。近日中に買い換えたいと思います。やはりアナログ盤には捨て難い魅力がありますね。
Commented by noanoa1970 at 2011-06-28 23:34
cyubaki3 さま
先のcyubaki3 さんからのコメント、非公開になっていたものをこちらに貼り付けておきます。
小生のブログ記事
>1960年70年代のレコードジャケットは、何故か、それが似合うか否かは別として、演奏者の顔写真が使われることが多かった。

cyubaki3 さんのコメント
私は昔のグラモフォンのモノクロ写真のジャケットがけっこう好きです。
グリュミオーはフォーレとフランクのソナタが愛聴盤でしたが、LPなので今は聴けません。アナログプレーヤーは故障したまま部屋の片隅に放置です。買い替え検討中で数年が経ってしまいました。
Commented by Abend at 2011-06-29 00:12 x
レコードのジャケットには色々な想い出があります。
DGは、あのロゴが威厳を持っていましたね。アルヒーフは地味な見開きジャケットでしたが、見開きに高級感を覚えたものです。
究極の地味ジャケは、コロムビアのヒストリカルレコーディング1000シリーズでした。草色地の中心に文字のみ。しかし、そこに何とも言えぬ「侘び」の情趣がありました。

プレーヤーですが、私は長年パイオニアのPL-12Eを使っていました。今は、ソニーとオーテクの1万程度のものしか持っていませんが、 cyubaki3様もおっしゃっているように、レコードには捨て難い魅力があります。
Commented by noanoa1970 at 2011-06-30 03:21
Abend さま
ご返事が遅れましてすみません。
レコードジャケット、おっしゃるとおり愛着があるものが多いです。
CDは何時どこで入手したものかを忘れたり、同じものをもう1枚購入したり、記憶に残ってないことがありますが、レコードのほうが古いにもかかわらず、1枚1枚そのときの思い出がよみがえってきます。このことはジャケットの印象度が高いからかもしれませんね。コロムビアのヒストリカルシリーズは、小生も数枚所有していて、スメタナ最初期のドヴォルザーク「アメリカ」、「死と乙女」そして「ポールロブソンリサイタル」です。エンジェルのGRシリーズよりは録音がよかったですね。

もう少し後になりますが、一番印象があるのは、ERATOのフランスのエスプリシリーズで、ジャケットにはミュンシャの絵が使ってありました。ジャケットも音楽も演奏もよいシリーズで、今でも良く聴いています。デュパルクの歌曲や小象ババルー物語、などそれまで聴いてなかった仏ものを、これで沢山聞きました。このジャケットでCD復刻願いたいところです。
Commented by noanoa1970 at 2011-06-30 03:21
ロンドンレコードでは、レコード1枚の歌劇ケルテスの「青ひげ侯の城」が豪華なBOXに入れて発売されたり、同じくキングレコードからの外山雄三のラプソディの初発売は、英文の解説まで付けて、豪華なBOXにはいっていました。ロンドンやキングがこの頃はかなり力を入れて新譜を発売したことが分かります。コロムビアでは楽譜つきのレコードが少なからず発売され、見開きジャケットがかなり分厚くなりました。「ロンドン不朽の名盤」シリーズは古いモノラル録音でしたが、バックハウス、クナ、シューリヒト、クライバー、メンゲルベルグ、クラウスなど、結構演奏のよい物があり、中でもベーム/VPOのベト8と未完成のカップリングは、相当聴いたものでした。LPはやはりいいものですね。