往年の名指揮者が一同に会した写真

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大変貴重な写真である。
貴重だから有名な写真でもあると思う。

小生はこの写真を、ベルリンフィルの歴史を扱ったTV番組で見て、取り込んだ。

往年のマエストロが一同に、ベルリンに会した時のもの。
米国で活躍のトスカニーニが、ニューヨークフィルとともに、ドイツに演奏旅行に来た際、だれの呼びかけかはわからないが集まった時のものだという。

よくも5人の巨匠級の指揮者が集まれたな、という驚きの写真だ。
撮影されたのが、1929年という説と31年という説があるがどちらも体制に影響はない。

1930年にベルリン芸術祭が開催されているから、ひょっとしたら、それが目的で、参集したのかも知れない。

撮影場所もバイロイト祝祭劇場という説とベルリン歌劇場という説があるが、背景の壁紙の文様からは、プロイセン国王ルートビヒ好みのように思えるから、バイロイトではないかとも思える。

しかしフルトヴェングラーは、1931年夏にバイロイト音楽祭に初めて出演し、「トリスタンとイゾルデ」を指揮することになるが、それより1年早い30年に出演を始めたトスカニーニは、運営をめぐりワーグナー一族と対立、フッルトヴェングラーも32年6月バイロイト音楽監督を辞任したというヒストリーがあるから、バイロイトではない可能性も十分ある。

古手のクラシック音楽愛好者にとって、とても貴重で、なおかつ演奏史に残るであろうこの集合写真。

1929から31年は、世界恐慌そしてナチスの台頭というドイツの悲劇の始まりの時代でもあるが、そんな中において、この写真が攝られることになった背景や事情がわかる記述はないものかと、少々気になるところだ。

写真を見てつくづく思ったが、クレンペラーはやはり大男だ。
背の高いフルトヴェングラーよりも、20センチは高いから、2メートル近くあったかも知れない。

向かって左から

ブルーノ・ワルター 
アルトゥーロ・トスカニーニ 
エーリッヒ・クライバー
オットー・クレンペラー  
ウィルヘルム・フルトヴェングラー

クライバーだけが違う方向を見ているのが印象的だ。

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by noanoa1970 | 2011-06-25 12:37 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(10)

Commented by Abend at 2011-06-25 14:01 x
sawyer様、こちらにもお邪魔いたします。
私も、その番組で久しぶりに見ました。
クレンペラーの身長は、ヒューエル・タークイの『分析的演奏論』を見ますと、「彼は六フィート三インチ(約一九〇センチメートル)ある。」と記されています。しますと、トスカニーニやワルターは175cmぐらいで、クライバーがそれより少し低いと思われます。

なお、その写真にはもう一枚あります。こちらは砕けた雰囲気になっています。次のURLで見られます。
http://classic.music.coocan.jp/cond/img/kyosyo.gif
Commented by noanoa1970 at 2011-06-25 14:36
Abendさま
同じ場所で撮影したものが2枚あるとは・・・
紹介いただいた方は目線が合っていますね。
Commented by Abend at 2011-06-25 15:19 x
私は、撮影場所はベルリン国立歌劇場だと思っています。立ち位置から推測し、調べてみました。

賓客であるトスカニーニの右に、当時まだ39歳であったクライバーがいます。年齢ではワルター(53歳。ベルリン市立歌劇場音楽監督)、クレンペラー(44歳。ベルリン・クロル歌劇場音楽監督)、フルトヴェングラー(43歳。ベルリンPO常任指揮者)の方が上であるのに、ベルリン国立歌劇場音楽監督であったクライバーがトスカニーニとともに中心に立っているのは、クライバーがホスト役であり、彼のホームグラウンドであるベルリン国立歌劇場で撮影したのではないでしょうか。
Commented by noanoa1970 at 2011-06-25 18:45
Abend さま
ご推察説得力がありますね。
クライバーがホスト役とは気が付きませんでした。
ご明察通り、ベルリン国立歌劇場ということで、納得です。
クライバーだけが違う方向を向いていたのは、何かを指図していたからかもしれませんね。
Commented by Abend at 2011-06-25 19:27 x
sawyer様
あの写真は、カーテンをバックにしたトスカニーニ、ワルター、クライバーが中心で、クレンペラーとフルトヴェングラーは副次的な位置にあると思われます。2人は身長が高いので、中心3者の後ろに立ったのでは、3者が非常に小さく見えるので、「格」から見て避けたのではないかと思います。

当時は”歌劇場の時代”だったことがよくわかりますね。その中でも、クレンペラーがいたクロル歌劇場は、ベルリン国立やベルリン市立よりも格が低かったのではないでしょうか。また、BPOは当時50年近い歴史があったとはいえ、フルトヴェングラーがニキシュの後を継いでからまだ7年で、歌劇場のオケよりも格が低かったのではないでしょうか。オケの歴史において、歌劇場附属オケから単独オケへの変遷は、興味深いことだと思います。

この写真が撮られてより4年後に、ナチスが政権を奪取するのですね。クライバーはアルゼンチン、ワルターはウィーン、クレンペラーはアメリカへ逃れますので、それだけにこの写真は一期一会の奇跡です。
Commented by noanoa1970 at 2011-06-25 23:03
Abend さま
壁紙でなくカーテンだったのですね。よく見るとドレープのようなものが見えますから、おっしゃるようにカーテンでしょう。
歌劇場の指揮者が格が高いということは、この時代の有名指揮者がすべからく歌劇場の管弦楽団のシェフになっていることからも推察でき、それは当時の歌劇人気が背景に有ったっことは確かなことだと思います。ピットに入らないオケをかたくなに守ってきたBPOのシェフ、フルヴェンはオペラ指揮者としては他の指揮者より一歩遅れた感じがしてしまいます。VPOやLGOの兼任で相当忙しかったのでしょう。オペラ指揮者としてのキャリアを考えると、おっしゃるような写真の順列が妥当かもしれません。ゲストのトスカニーニは、ワルターとクライバーの両ビッグに囲まれ、他の二人は付け足しという感じがたしかにあります。
フルヴェンは、せっかくシュターツカペレ・ベルリンを受け持ちながら、ナチスとの関係が悪化し辞任するというはめになります。
ドイツに残ったフルヴェンでしたが、ナチスの時代、オペラは主にナチス御用指揮者に委ねられ、フルヴェンがオペラを積極的にやれるようになったのは、戦後になってからのことでした。
Commented by cyubaki3 at 2011-06-25 23:07 x
ジョージ・セルもけっこう長身なんですよね。晩年のジャケ写などから猫背で小柄というイメージがあったのですが、最近60年代にウィーン・フィルを振るDVDを見て意外に大きいので驚きました。182センチだそうです。
Commented by noanoa1970 at 2011-06-26 08:33
cyubaki3 さまおはようございます。
そうですか、セルの身長182もありますか。
小生の把握・・・ジャケット写真からの推測にすぎませんが、170代の後半ぐらいに思っていました。意外です。

逆にもっと身長が高いと思わせたのは、アバドです。
数々のジャケット写真では全身が写っているものは見たことがありませんが、先日「大地の歌」でソロの歌い手と並んだ時にそんない高くないと分かりました。アンネ・ゾフィー・フォン・オッターは多分背が高い女性とは思いますが、ハイヒールを履いていたとしても、それより20センチは低いので、せいぜいあっても170センチぐらいでしょうか。もっと低いかもしれません。
Commented by Abend at 2011-06-26 12:11 x
sawyer様、こんにちは。
最近見て身長の高さを知ったのは、バスのアッティラ・ユンです。高身長のみならず、巨体ですね。彼を歌手と知らないで見たら、プロレスラーとしか思わないでしょう。
身長が低いのはカラヤンが有名ですが、実際に間近に見て実感したのはノイマンです。学生時代にチェコPOの京都公演で第九を聴き、楽屋口でサインを貰ったのですが、身長は低かったですね。

作曲家ですと、モーツァルトは150cmなかったといいますし、ラヴェルも150cm少し、ドビュッシーも160cmぐらいだったそうです。ワーグナーは166cmだったようですが、これは当時のドイツ人の平均身長より少し高かったらしいのです。
Commented by noanoa1970 at 2011-06-26 15:24
Abend さま
コメントいただきありがとうございます。
お返しは新しい記事に、画像と一緒にUPしました。
食いつきは「プロレスラーのような」です。