ハイドンとモーツァルト、その音楽的相違について語るのは難題

このところ、ハイドンの交響曲を聴いて、こんな昔話を思い出した。

DRAC:同志社大学レコード音楽研究会の創始者的存在であった、関西における音楽評論家としても知られていた、先輩の故松本勝男さんの家に遊びに行った時のこと。

文化祭EVEが終わった11月の末か、12月のはじめの頃だったと思うが、間近にレコード大賞の発表を控えていた時期、松本さんに、今度のレコタイは誰だと思うかと訊かれ、訪問した全員が黙っていると、松本さんは、○○だよと確信めいた言葉で言うのだった。

なんでも松本さんは、レコタイ審査員の一人で、発表のはるか前に、今年のレコタイ受賞者が誰であるかは決まっているということだった。

TVなどで観る限りは、その場で審査員が協議し、その後発表の形式をとる様子であったから、これができレースであったとは、当時の我々には信じがたいことで、その時初めてマスコミの「ヤラセ」という危うさを知ることとなった。

そんな話から始まって、現在のサークル活動の話に及ぶと、話の流れからこんな質問を、我々にした。

その質問は、「君たち、ハイドンとモーツァルトの音楽的違いがわかる?」というものだったが、1人を除き、その場にいた4人全員が、わかっているような、わからないような曖昧な顔をしたことがあった。

それから45年たった今、その質問を反芻してみると、今聴こえる音楽はどちらかという質問なら、多分答えられる自信はあるが、両者の音楽的違いを言葉で表現してみろと言われると、断片的にはいくつかのことが浮かぶが、それが断片的であるが故に、彼らの音楽全般に当てはまるという自信はない。

特にハイドンは、その作曲数に比べ聴いた作品は数少なく、モーツァルトの比ではないからか、どうしてもモーツァルトに有利な言葉が浮かんでしまう。

両者の音楽的違いは、数多くの楽曲を聴いた上で、しかもピアノソナタ、弦楽四重奏、交響曲、などのジャンル別に語るのが筋であろうが、それでは多作の作曲家の比較はできなくなってしまう。

しかしなんとか糸口をと思って、少し前から購入したままほとんど聴いてなかった、交響曲全集を聴き始めて、現在半分ぐらいまで聴いたが、今のところ確信には至ってないのが事実で、ボンヤリとした感覚が支配するだけにとどまっている。

非常に観念的だが、ハイドンとモーツァルトは、音楽の捉え方、あるいは音楽と自分の関係性の思いが根本的に違うような気がする。

平たくいえば、音楽は自分に取って何であるのかという、根本思想が違うということになるだろう。

それが聞こえる音楽そのものと、どのような関係性を持つのかを、語れる状態には未だない。

ハイドンとモーツァルトの音楽的相違について、皆様の知見を参考に、お聞きしたいと思うばかりの昨今である。

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by noanoa1970 | 2011-05-31 12:18 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(7)

Commented by cyubaki3 at 2011-05-31 21:18 x
>ハイドンとモーツァルトの音楽的相違

両者の交響曲について、あまり深く考えずに直感的かつシンプルに言いますと、

ハイドン=動機労作、構成力あり
モーツァルト=柔軟、展開がヴァリエーション豊富

という気がします。
ハイドンは創作期間が長いので時代によって作風も異なりますが。
類似点ではモーツァルトの交響曲「プラハ」第一楽章の構成感がハイドン的だと思います。逆(モーツァルト的なハイドン)は頭に浮かびません。

以上あくまでも私見です。
Commented by noanoa1970 at 2011-05-31 22:12
cyubaki3 さまありがとうございます。

>ハイドン=動機労作、構成力あり
モーツァルト=柔軟、展開がヴァリエーション豊富・・・
確かにおっしゃるようなところ、小生も感じることが多々あります。

今の小生の思い、抽象的ですが、「ハイドンには規律の中の自由があり、モーツァルトには自由の中の規律がある」
そんなことを漠然と感じています。

断片的にでも多くの意見を持ち寄って、それらをドラフトして純度を高めると、何かが見えてくるやもしれませんね。
Commented by HABABI at 2011-05-31 23:08 x
こんばんは

ハイドンの音楽の特徴は、形の美しさではないかと思います。造形美と言ってもいいかもしれません。もし私が陶器に詳しければ、陶器になぞらえるかもしれませんし、生け花に詳しければ、生け花になぞらえるかもしれません。
モーツァルトからは、形の美しさよりは、細かい動き、微妙な変化に惹かれます。
以前、以上のようなことを思ったことがあり、今もそのような気がします。HABABI
Commented by noanoa1970 at 2011-06-01 08:31
HABABI さま、コメントありがとうございます。
>ハイドン=造形美
モーツァルト=細かい動きと微妙な変化

確かにそのようなことを感じますね。

他の芸術で無理やり例えると・・・
勝手なイメージにしかすぎませんが、
ハイドンはアールデコ、モーツァルトはアールヌーヴォーの器
ハイドンは池坊、モーツァルトは草月流の生け花のような雰囲気を感じます。
Commented by ベイ at 2011-06-02 20:14 x
二人の顕著な違いはハイドンの作品がほとんど長調が多いことに対し、モーツァルトは短調も数多く作曲したことだと思います。
Commented by noanoa1970 at 2011-06-03 08:58
ベイ さま
確かにそのような音楽的印象はありますね。
ハイドンは快活、モーツァルトには陰影が潜むなど・・・

他のジャンルを調べると変わってくるかもしれませんが、交響曲に限って言えば、下記のような、長調と短調の比率となるようです。(絶対数ではなく、比率ですから正当な比較になるかはわかりませんが)
意外ですが、ハイドンとモーツァルトは、分母こそ違いますが、短調の比率はほぼ同じです。面白いのは、ロマン派で、後期になればなるほど短調の比率が増加していることでしょう。
ただし交響曲というジャンルでのことと、短調主題で始まるが、終わりは長調というものもありますし、転調がふんだんで、どちらとも判断が付きにくいものまでありますから、難しいことではあるのですが。

Commented by noanoa1970 at 2011-06-03 08:59
モーツァルトの短調の曲は、特に名曲が多いので、よく聴かれることから、モーツァルトの曲の全体のイメージが短調っぽく受け取られるのではないでしょうか。

単独曲を別として、その曲が短調であるということは、例えばソナタ形式やその派生音楽では、第1主題が短調であることからくることが多いように思いますが、第2主題が長調だったり、転調で途中で調が交互に入れ替わるものもありますから、運命がハ短調であるというのは、その楽曲全体を指し示すものではないのではないでしょうか。
結局のところ、印象に残るテーマ、あるいはその楽曲を支配するフレーズが(多くは第1主題)何者かが重要になるのだとも考えられます。

ハイドン     104曲中 短調6曲 5.7%
モーツァルト    41曲中 短調2曲 4.9%
ベートーベン    9曲中 短調2曲 22%
シューベルト    8曲中 短調2曲 25%
メンデルスゾーン  5曲中 短調3曲 60%
ブルックナー    11曲中 短調7曲 64%
チャイコフスキー  6曲中 短調5曲 83%
ドヴォルザーク    9曲中 短調4曲 44%
マーラー      11曲中 短調6曲 55%