鑑賞と観賞、その違いを知る

自分のプロフィールで、趣味は音楽鑑賞、と書いたことは、クラシック愛好家であれば経験があると思う。

それどころか、音楽ファンであれば、その程度や中身は全く関係なく、趣味は「音楽鑑賞」と、プロフィール紹介や履歴書に書いたことがあると思う。

自分の音楽の聴き方をレヴューしていた時、過去においては、いろいろな場面で使ってきたこの「オンガクカンショウ」という言葉が、どうも適当ではないような気がして、ワープロ機能で漢字に置き換えていると、変換候補には「観賞」と「鑑賞」という2種があることがわかり、自分がいままで履歴書などに、どちらを書いていたのだろうかと気になり始めた。

さらに、この2つの言葉の意味は同じなのか違うのか、違うのであればその違いはなにか、それも気になったので、自分の現在の音楽の接し方、聴き方を考える意味においても、一度抑えておかなければと思い調べることにした。

WEB上の辞書によると、あまり良くわからない文章だが

『鑑賞は、普通には、やはり「見る」「聴く」などの行為が前提になります。
「鑑賞」は、何かの対象を、深く心に考え楽しむ・愛でるとか、規範との比較で愛でる・味わうという意味です。「規範」つまり、反射させて比較する典拠を考えて対象を味わうことは、「鑑定する」というような動詞に出ているように、真贋、真偽を判断するというような、愛で方・楽しみ方で、これは、「亀鑑」のある「芸術作品」などを、判断し比べつつ、愛で楽しむということ。』

そして

観賞は、「深く見て愛で楽しむ」という意味。
で、鑑賞と観賞では位相が違うという
説明があった。

さらに

音楽や小説などは、「鑑賞」と言っても、そこには味わう人のレヴェルがあり、「観賞」に相当するレヴェルもあれば、芸術的吟味の「鑑賞」もあるということです。ただ、区別する言葉が特にないので、「鑑賞」というか、または、「音楽を味わって聴く」「小説を味わって読む」などが、「観賞」の代わりにあるとも言えるでしょう。
本来的意味は以上のようだが、どちらを使っても間違いとは言えないという結論のようだ。

例によって言葉の使われ方が、時代によって変化し、本来的意味を失い、新しい意味が付加されたものの一つと言ってもよいだろう。

趣味はオンガクカンショウです、という表現は、(クラシック)音楽を聞くことが大好きなことを言うための、少し固い表現とするならば、観賞・鑑賞どちらを使っても構わないということになりそうだが、かつて履歴書には、鑑賞と書いたような記憶がある。

本来的意味を知る人ならば、「ただ音楽を聴いて楽しむだけじゃなくて、まるで音楽研究のようなものが趣味とは、君は変わった趣味を持っているね」と言いかねない。

しかし現実は、そのようなことは言われた経験はないから、観賞でも鑑賞どちらでも、好きだという代名詞的に使い、そしてそう理解されてきた。

しかし今、音楽の接し方、聴き方などをレヴューしようとするとき、これら2つの言葉が表す意味は、非常に重要な意味を持ってくるように思えてしまった。

個人的な領域に入るが、「観賞」という文字のほうが、自分の音楽の接し方の表現に適していると思える一昔前の時代を経験し、今現在は、本来的意味における「鑑賞」を付加することが、適切となったように思っている。

現在の小生に取って音楽は最早、楽しんだり愛でたり、癒されたりするためだけの、対象物では無くなってしまっているからだ。

音を楽しむと書く通り、音楽は聴いて何かを感じれば良いし、良い音楽(あんにクラシック音楽を指している)は人間の心を豊かにする、という大正教養主義的音楽の捉え方に支配された時期があって、母親を始め、そういう時代の教育者の影響の傘下に、中学生時代まではあった。

クラシック音楽は人間の教養を豊かにする、しかしジャズやポップスなどは、人間を堕落に誘う的な発想による教育の影響に、かなり強く支配され、ラジオのS盤L盤アワーや、全米ヒットチャートを放送するFENは、密かに聴くような対象であった。

今でも懐かしく覚えている歌は、今で言うところの「オールディーズ」や、スクリーンミュージックがほとんどで、本当はそういう音楽が好きだったが、我が家にやってきたステレオで、音盤を購入して聴くなんて言うことはご法度だった。

しかし、クラシック音楽を聴くときは、うるさいことを言わないので、ちょこちょこ聴くうちに、学校の音楽の時間に聴いた曲と重なったり、クラスの何人かがステレオを持っていて、クラシックの音盤が話題になって、そのせいでクラシック音楽に興味がわくようになってきた。

それでは現在の音楽の接し方、聴き方はというと、「音楽を味わって聞く」という世界とは少しベクトルが違う方向、辞書にもあったような意味合いの、平たくいえば、自分にとってその音楽・演奏の価値を見出すことが加わったということになり、自分のメジャメントを持った上で、比較検討したり、他人の感性に触れることによって、自分の感性を刺激したりしながら、音楽と接するようになってきたことにある。

勿論「音楽を味わって聞く」事は必要であるし、音楽の情緒に浸ることがあってもよいが、大きな目的は価値観の創造であり、感性の陶冶である。

従って、漫然と音楽を聞くことよりは、ある目的を持って聞くことの方に、重きが置かれることになった。

このことの要因は、これまでの長い年の経験でで、現在日常聞こえてくるクラシック音楽のほとんどが、すでに耳に馴染んでいて、初心の時のように何度も聴いて覚えるという行為を必要とすることが、少なくなったことにあるのかも知れない。

しかし多分、そうした聴き方だけでは疲れるから、価値云々とはあまり関係のないような、例えば、イギリス近代弦楽合奏曲集のような音楽を、BGMふうに流してぼんやりと聞くという、逃げ場も自然と確保している。
おそらくモダンジャズもその仲間に入るのだろう。

クラシック音楽愛好家に、ジャズ好きが多いような気がするのも、要因はそんなところにあって、「音に浸りたい」欲求を満たしたいという欲望からかも知れないが、そのテーマで語るのは、いずれかにしよう。

いずれかの時期のテーマ
「なぜコアなクラシック愛好者には、ジャズ好きが多いのか」
「コアなジャズ愛好者に、なぜクラシック好きが少ないのか」
という仮説にしてみよう。

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by noanoa1970 | 2011-05-27 01:07 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(9)

Commented by cyubaki3 at 2011-05-28 21:05 x
>「なぜコアなクラシック愛好者には、ジャズ好きが多いのか」
「コアなジャズ愛好者に、なぜクラシック好きが少ないのか」

実は私はジャズが好きで、クラシックと半々くらいの割り合いで聴いています。他には60年代~70年代のロックも好きです。

音型の類似の件で一つ新発見がありました。マーラーの第三の第一楽章の出だしがブラームスの第一の終楽章の主題と似ています。メロディではなくて音価が、です。
Commented by noanoa1970 at 2011-05-28 22:28
cyubaki3さま
まだ固まってない課題に早速お答えいただきありがとうございます。この仮説は小生のこれまでのお付き合いからの推測でしか、まだないのですが、昔のクラシック掲示板でも、学生時代のサークjルでもそんな傾向にあった記憶があります。少ないサンプリングですから、決してそうでないこともあると思います。ちなみに小生は、ソフトを購入する割合は、ざっとですがJAZZ25%クラシック50%ブルーグラス&カントリー10%フォーク&ロック15%ということになります。大抵の音楽は好きですが、ソフトの割合はクラシック70%、JAZZ20%ぐらいだと思います。JAZZ以外は音楽じゃないという人もたくさん知っていますが、果たして真相はいかに。

マラ3ホルンの出だしとブラ1終楽章は、リズムと編曲されたメロディが極めて近似の位置にありますね。しかしマーラーはブラームスの向こうのベートーヴェン(第9終楽章)を意識していたのではないでしょうか。ベト4出だしとマラ1のフラジオレット後の冒頭もソックリです。
Commented by cyubaki3 at 2011-05-28 23:23 x
私はジャズを聴き始めたのは遅くて25歳の頃からです。クラシックは小学生の時から聴いていたのでカテゴリー的には「クラシック愛好者のジャズ好き」だと思います。一時期はまってジャズ中心に聴いていたこともありましたが、現在の比率としてはクラシック6ジャズ4くらいです。

>しかしマーラーはブラームスの向こうのベートーヴェン(第9終楽章)を意識していたのではないでしょうか。

同感です。私も全く同じ事を考えておりました。
Commented by noanoa1970 at 2011-05-29 08:22
cyubaki3さま
小生がJAZZを聴くようになったのは、1969年頃、紛争直前の学生時代でした。そのころ流行りだしたハードロック喫茶と、JAZZ喫茶には頻繁に通ったものでした。JAZZを聴き始めた年齢こそ違え、音楽との関わり方はほとんど同じだと思います。

来週N響がマラ3をミュンファン指揮で演奏するTV放送が有るようです。ようです。
Commented by Abend at 2011-05-29 21:01 x
sawyer様、こんばんは。
クラシック以外に好きなジャンルという場合、それがクラシックに親しむ以前からのものか、以後のものかで趣が異なって来るでしょう。前者の場合は、それがクラシックに親しむことに関わり、後者の場合は、クラシックがそれにも親しむことに関わったことになると思います。
私は前者で、歌謡曲や特撮映画、アニメの音楽に親しんでいる上にクラシックが加わりました。それ以降に親しむほどの新たなジャンルは無いのですが、たまにゴシック・メタルを聴くと妙な感動を覚えます。「へヴィ・メタのファンにはクラシック好きが多い」と、以前知人が言っていたことを思い出します。
Commented by noanoa1970 at 2011-05-30 09:16
Abendさまコメントありがとうございます。

クラシック以前に好きだった音楽というと、小生の場合は1950年代当時、米国中心のヒットチャートをにぎわすような音楽で、中に、映画音楽の主題歌や今でいうオールディーズ、ジャズヴォーカルなどジャンルを問わないかたまりでで、ラジオから流れていたものです。少し時代がたって、海外ヒットチャート曲が日本に輸入され、日本語で歌われたものは、TV「ザ・ヒットパレード」で見ていました。これらは小学生時代のことです。クラシック音楽は、幼児期に叔父の家にあそびに行った時に、自作の電蓄で、リストのレ・プレユードやゴセックのガヴォットを聽かせてくれたことが、何らかの影響をしたかもしれません。小学1年生の時、田舎の学校で、先生が音楽の時間にかけたSPレコードの曲名を当てて先生を驚かしたのは、叔父の家で聴いたゴセックのガヴォットを聞いていたからで、学校で同じ曲を聴いたことがクラシック音楽への目覚めだったかもしれません。

Commented by noanoa1970 at 2011-05-30 09:17
>「へヴィ・メタのファンにはクラシック好きが多い」・・・
小生は初耳ですが、エリックサティ、ウエーベルン、ブーレーズにフランクザッパが影響を受けたのは面白い事です。

そのフランクザッパからクラシックの近代現代音楽に目を向けた人はかなり多いのではないでしょうか。

小生の学生時代は、ハードロック全盛でしたから、否応なしに耳に入ってきましたし、大音響を求めロック喫茶に通ったこともありました。
Commented by cyubaki3 at 2011-05-30 21:23 x
>「へヴィ・メタのファンにはクラシック好きが多い」

ハードロックやメタルにはネオ・クラシカルというジャンルがあります。ディープ・パープルのリッチー・ブラックモアが源流で、最近(でもないですが)ではイングヴェイ・マルムスティーンなどが有名です。彼らはバッハやパガニーニのフレーズをよく引用します。

http://www.youtube.com/watch?v=BAO6GjGa7SY
http://www.youtube.com/watch?v=rCwRHgCyIjA
Commented by noanoa1970 at 2011-05-30 23:10
cyubaki3さま
ネオクラシカル・・・小生初めて知りました。
小生が知っているのは、ELPが盛んにクラシック音楽有名曲をロックにアレンジしたり、プログレの元祖的存在のピンクフロイドの「原子心母」が、明らかにクラシック音楽の交響詩的な発想があるということ。リック・ウェイクマンが、ヤナーチェク、バルトーク、プロコといった非正統的なクラシック音楽の新国民楽派の音楽を取り上げたこと。
ご教示頂いたyoutubeで、バーバーやバッハの曲をロック調にギターで弾くのを拝見しました。
これはクラシック音楽の引用アレンジですね。
時として速弾きのテクニックを見せるものでもあるようです。

クラシック音楽とロックの関係は、メロディを引用しアレンジしたものと、クラシック音楽の形式を真似たもの(ピンクフロイドやクイーン)があるように思います。