聖金曜日にちなみ、ルカ受難曲を聴く。

小生は、キリスト教徒ではないが、キリスト教の祭事には関心を持っている。

それは、クラシック音楽と宗教、とくにキリスト教よは密接な関係があり、クラシック音楽はキリスト教の発展と強く結びついていて、今日に至る音楽の発展は、キリスト教が背景にあると言っても、過言ではないと思うからである。

もうひとつ、キリスト教の祭事は、古代ケルト他、他民族の宗教儀式と関連がある、というより、それらをうまく取り入れたとも考えられるから、その意味においても興味がある。

キリストの復活祭を「イースター」といい、近くのキリスト協会の子供たちが、様々な衣装を着て変身して、行進する姿を見ることがあるし、卵に着色したり卵で人形を作ったりする風習がある。そして、その風習はキリスト教圏だけではないらしい。

卵を崇めるのは、母神信仰・・・つまり豊醇な母なる大地は、月のウサギによって、もたらされた玉子の殻で出来ており、宇宙は卵から出来ているという信仰があったからだとも言う。

蛇が脱皮を繰り返しながら成長することや、他の樹木に寄生して生きる「ヤドリギ」を、長寿の象徴としたのだろうか、それらを崇拝する信仰もあった。

こういう自然崇拝に近いものは、元来のキリスト教では、考えられないから、異民族の宗教的概念の模倣及び輸入であろう。

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イザベッラ・クロシンスカ - Izabela Klosinska (ソプラノ)
Krzysztof Kolberger (朗読)
アダム・クルシェフスキ - Adam Kruszewski (バリトン)
ロムアルト・テサロヴィチ - Romuald Tesarowicz (バス)
ワルシャワ少年合唱団 - Warsaw Boys Choir
ワルシャワ・フィルハーモニー合唱団 - Warsaw Philharmonic Choir
ワルシャワ・フィルハーモニー管弦楽団 - Warsaw Philharmonic Orchestra
アントニ・ヴィト - Antoni Wit (指揮者)

本日取り上げる(ルカ)受難曲は、キリスト教の聖週間における典礼と密接に結びついているから、復活祭前の1週間における宗教的音楽としても、適した音楽ということになる。


「復活祭」にちなみ、難しい用語が出てくるから、一度整理しておくことにした。

復活祭は、春分の日の後最初の満月の次の日曜日。
そして、復活祭前日までを受難節という。

受難節は、日曜日を除く40日で、これは、キリストの40日間の断食祈祷からである。
受難最初の日を、灰の水曜日という。

ややこしいが、定理に従うと、
春分の日が3月21日(月)
春分の日後最初の満月は、4月18日(月)

したがって、復活祭は4月24日(日)
受難節は復活祭前日までだから、4月23日までとなる。

灰の水曜日は3月9日(水)
肝心の、キリスト受難日である、聖金曜日はちょうど今日(4月22日(金)ということになる。

今年は、あの東日本大地震と大津波が、未曽有の大災害をもたらしたから、きっと世界中がこの祭事に際し、改めて日本の復活をも祈ってくれることと思う。

「ルカ受難曲」には、大バッハ他の作品もあるが、今日聴いたのは、「ペンデレツキ」の作品だ。

【十字架よ、唯一の希望よ】という、冒頭から、まずはそのインパクトの強さに驚かされる。

再生時のヴォリュームを上げすぎないように、という注意書きを読んだ記憶があるが、それは正しくそのとおりで、上げ気味のいつものヴォリュームだと、ツイーターが吹っ飛ぶおそれが多分にあるぐらいだ。

内容は他の受難曲とほとんど差はないが、特徴的なのは、キリスト自身のアリアが存在すること。
以下のように語られる。

【我が神よ、我が神よ、我をご覧下さい。
なぜ我をお見捨てになるのか。
我が神よ、呼び求めても、答えてくださらない。
主よ、我が言葉にお耳をお貸し下さい。、
我がうめきご理解ください。】

受難曲から派生した・・・と、あえて言うが、ベートーヴェン唯一のオラトリオ、「オリーブ山上のキリスト」も聞きたくなってくる。

マタイ受難曲第63曲b、息を引き取ったイエスに、「本当にこの方は、神の子だったのだ」前後の、この曲の聞かせ所が、ルカ受難曲には少ししかないのが残念といえば残念だ。

イエスキリストの死に際し

【全地は暗くなり、それが三時まで続いた。太陽は光を失っていた。神殿の垂れ幕が真ん中から裂けた。イエスは大声で叫ばれた。】と、「エリエリ・レマ・サバクタニ」はないまま、割と簡単になっているが、多分これは上のキリスト自身のアリアがあるためであろう。

マタイにある、地震についての語りも、省略されている。

マタイ受難曲が「キリストの死」をハイライトしたことを思うと、やや物足りないが、しかし、そこをペンデレツキは、見事に補っているようだ。

楽曲の中に「神の怒りの日」のフレーズがあるのではと探したが、今のところ発見できてはいない。

一番小生が興味を持ったのは、スターバト・マーテル冒頭から、かなり長いあいだ、アカペラの男性合唱が、たった1音の連続で、「スターバト・マーテル」を歌い、やがて女性コーラスが不協的和声で加わるところ。

ここはいつ聞いても涙腺が緩み、単独のスターバトマーテルに十分匹敵するものとなっているように思う。

ペンデレツキはこの方法を好んだらしく、他でも使っているが、単純な音型を使った手法にもかかわらず、慟哭あるいは悲しみを必死に堪える、2人のマリアの様子が眼に浮かぶようで、かなりインパクトある音楽となっているのがすごいところ。

ペンデレツキは、この曲を、アウシュヴィッツの悲劇、そして第二次世界大戦での受難の曲として書いたと言われるが、そのことを発展させて、東日本大震災の受難追悼に聴くことも、十分似合っていると思う処である。

受難曲あるいは詩篇からの派生音楽として、先に挙げた「オリーブ山上のキリスト」そして「スターバト・マーテル」ほかがあるが、今日はこの後ベートーヴェンを、ヘルムート・コッホそしてプーランクをジョルジュ・プレートルで聞くことにした。

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by noanoa1970 | 2011-04-21 18:35 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(2)

Commented by こぶちゃん at 2011-04-22 22:53 x
バッハのルカ受難曲は偽作とされてますよね。
実際、バッハの主要曲からマタイとヨハネの両受難曲、ロ短調以外のマルコとルカは完全に無視されているような扱いをされてます。

何かへの哀悼ならば、カンタータBWV.106と198という選択肢が私にはありますが、noanoa1970さんはペンデレツキを聴かれる…素晴らしく幅が広いですね。
Commented by noanoa1970 at 2011-04-23 08:47
こぶちゃん さま
バッハのルカは贋作と言われていることは知っていましたが、自身で十分聴いてないので、従来の説にとどめおきました。葬儀のために書いたとされるカンタータ、所有はしていますが、これも熱心に聴いていません。
バッハは恐れ多いので、これから先本格的にバッハの領域に入ろうと考えております。ようやく受難曲のストーリーが頭に入ったので、今まで漫然と聴いていたマタイが、身近になってきた感があります。ペンデレが特に好きというわけではないのですが、彼の宗教曲は好みで、声楽とオケを使ったトーンクラスターに魅力を感じています。