元気がでる音楽・・・2

本日は、元気がでるという見地からは、異色の音楽からの選曲だ。

なにが異色かといえば、本日選んだのが宗教曲、それもミサ曲だからだ。

宗教曲というと、その名のとおり宗教的で厳かで、敬虔な気持ちになるものと考えるのが普通だ。

バッハのロ短調ミサや、マタイ、モーツァルトをはじめとする、レクイエムがそうであるるように、心が落ち着く事はあっても、元気がでる(これらを聴いて元気が出るという人も中にはいるかも知れないが)という音楽ではないようだ。

しかし、小生が今まで聴いてきた宗教曲の中で、唯一と言って良い例外がある。

使われたミサの通常文テキストを少し無視すれば、そこにあるのは、神聖という概念ではなく、世俗「生の喜びの賛歌」そのものが聴こえてくるような音楽であった

その曲を初めて聴いたとき小生は、テキストは普段のミサ曲と同じにもかかわず、聞こえてきたオーケストラの響きは、地中海に浮かぶ島の白い雲と青い海を想像させるような、明朗なトーンであったことに驚いたものであった。

ミサ曲とは通常、教会の典礼儀式に最して歌われるものであったのが、時を経て、劇場などで演奏され、それを聴衆が聴くようになった。

そしてそのことは、曲の編成が大規模化することにつながったと考えて良いだろう。

つまり、宗教と少し距離をおくような場所である演奏会場で演奏されるようになってきたのだが、しかしそうであっても、作曲家の意識の根底には、神への祈りがあり、作曲の切っ掛けには、殆どの場合、純音楽的なものと共に、宗教的なものが存在する。

グノーが作曲した「聖チェチーリア荘厳ミサ曲」は、熱心なカトリック教徒であったが故に、グノーの持つ信仰心の表れであるとする言及が多い。

しかし果たしてそれだけが作曲の原動力なのであろうか。

音楽的要素から、小生はそのような固定的考え方には同意できかねる。

音楽家と盲人の守護聖人とされる、聖セシリア礼賛のためのミサ曲ではあるが、聴けば聴くほどに世俗的な音楽であり、聖人を尊崇するというより、荘厳華麗で、今生きていることの喜びと感謝あるいは人生の応援歌としてのほうに重きを置いて、それを精一杯強調した感がある音楽のように思えてならない。
注)荘厳ミサ曲の荘厳 とは、曲が荘厳であるというわけでなく、通常典礼文テキストが5つすべて使われて作られたことを意味する。

この曲の初演をを聴いたサン=サーンスは、このように言った。
「この音楽の出現は、一種の呆然自失とも言うべき感嘆を惹き起こした。その簡単さ崇高さ威厳に満ちた光は、まるで朝日のように、音楽の世界に響き渡ったのだ。人々は最初眩惑され、次に魅惑されそして最後に征服されてしまった。」

おそらくグノーには宗教者としての生きざまと、音楽家としての生きざま、その2つが混在いしていて、一方をネグレクトできない自分がいたことだろう。
しかし彼は音楽の道を重点的に進むことになるわけだが、このミサ曲には、そんなグノーの両立願望が現れているようで、神聖的なものと世俗的なものが混在しているが、結局は音楽、つまり世俗的内容の音楽が、宗教曲の仮面を被った世俗曲となって現れることになった。

宗教曲につきものの、対位法やフーガが使われてないのは、宗教との決別の思いがそうさせたのかもしれない。

このあたりは演奏表現によってもニュアンスが異なるのだと思うが、小生はこの音楽を、純然たる宗教曲として聞くことはなく、アクティブでプログレッシブに生きようとする人々への、応援の曲として受け止めることが可能だと思っている。

それでもこの曲の一部には、敬虔な気持ちにさせるところもあるから、この度の大災害で不幸にしてなくなった方々への追悼として、聴くことも悪くない。

昨日はアルトマン指揮の録音を聞いた。
ピラール・ローレンガー(Pilar Lorenger, ハインツ・ホッペ(Heinz Hoppe, フランツ・クラス(Franz Crass, 合唱ルネ・デュクロ合唱団、オーケストラ、パリ音楽院管弦楽団という物だが、ソロの素晴らしさが印象的だった。

本日はマルケヴィッチがチェコフィルを降った録音で聞くことにした。
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こちらは、アルトマンよりテンポを少し落とし気味にした、ゆったりとした設定だ。
録音が古くモノラルだから、モノトーン気味に聞こえるが、演奏はすこぶる良い出来だ。
聴いた中では一番宗教色が強い演奏だ。
イルムガルト・ゼーフリート(ソプラノ)ゲルハルト・シュトルツェ(テノール)ヘルマン・ウーデ(バス)のソロもいい。http://www.hmv.co.jp/product/detail/2575519今調べたらステレオ録音されたものが復刻されているようだから、これは買いなおさねばならない。
  
ジョルジュ・プレートル盤は一番良く聴くが、こちらが一番ダイナミック、世俗的な表現で、生への賛歌応援歌というこのブログ内容にピッタリの演奏。バーバラ・ヘンドリクスの歌唱も見事。

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by noanoa1970 | 2011-03-24 12:22 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)