元気が出る音楽、外山雄三「管弦楽のためのラプソディ」

ありそうで、なかなか無いものだが、やはり日本人なら日本の音楽が良いと、思いつたのは、「管弦楽のためのラプソデー」。

言わずと知れた外山雄三の作曲になるものだ。

昨今では録音もちらほら見られるようになって、NAXOSの日本人の作曲家シリーズにおいても、新しい録音でお目見えした。

沼尻竜典と東京都交響楽団による演奏も悪くはないが、この曲の持つ土俗的なエネルギーの表出感が今ひとつだ。

録音も良く音は綺麗だが、マッシブなそしてプログレッシブさが少し足りないのだ。
若い指揮者だからきっと1960年代初頭の、まだ日本においてクラシック音楽、特に邦人の作品が闇の中にあった時期、「日本人ここにあり」的な、伝統と革新を合わせ持たせた音楽を志向したその時代、作曲家の苦悩の反面存在した、将来への夢と希望への躍動感の存在を知らないのだろう。

だから、思い入れるものなしに、即物主義的に、サラリと演奏してしまっている。

作曲者の外山自身に語らせると(小生は学生時代、外山を招いてパネルディスカッションを企画実施したことがあった)恐らくは、そんなことはないといい、拒否すると思うが、外山の心中に「日本人」という強い意識がなかった筈はない。

N響海外公演用アンコールと位置づけられるこの曲は、その本来の姿は、東欧の作曲家とほぼ同じように、自国の伝統音楽を、いかに現代の手法を使い、世界に通用するスタイルの表現にするかという当時の邦人作曲家誰もが直面した志向に基づいたものであった。

ある者は印象派に、あるものは新ウイーン学派に、ある者はバルトーク、ヤナーチェクの新国民楽派に、ある者は社会主義リアリズムに注目、そしてそれを研究し、かれらの作曲技法から学んだものと、日本のあらゆる伝統音楽とを融合させようと試みた。

その時代はまだイデオロギーというものが、インテリゲンチャとは縁が切れないものだったから、芸寿家も否応なしに、己の主義を決めざるを得なかったのである。
60年安保はその試金石でもあった。

興味深いことは、小生が知る範囲では、この時代日本に「退廃音楽」は登場してない。
このあたりは「伝統音楽」の積極的取り込みの影響と、本人たちは気がついてないにしろ、日本人魂的なモノが根底にあったせいなのかもしれない。

ただし創作された曲はいずれも、折衷の域をこえているとは言いがたかった。

しかしそのような、折衷的楽曲が多い中、外山のこの曲は、近代現代の手法にこだわることなく、かといって日本の民謡をそのまま借り入れたわけでもない、自分の感性でかなり直感的に纏め上げた作品で、かえって特異な存在であった。

技法的にはなんの面白みもない音楽、そして本人はどう思っているかは別として、グローバルな土着というべきか、まずは外国で人気が出ることになり、その反響が逆輸入され、すぐに多くの日本人の好きな曲(多分)となった。

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外山本人の指揮による演奏もあるが、ここはやはり名手岩城宏之に登場願おう。

岩城の、ダイナミズム溢れ、マッシブでアグレッシブな音の塊は、いつも聴くものを圧倒してくれる。

N響も初のステレオ録音ということもあってか、持てる力を精一杯発揮したようだ。

未曽有の大災害で、途方にくれている人たちへの、励ましの音楽として聴くことにする。

日本の名演奏史というものがあるとしたら、この録音は、まさにそれに当てはまるものと言える。

岩城宏之/NHK交響楽団 キング1961年1月東京・文京公会堂録音

N響初のステレオ録音ということもあって、キングは相当に力を注いだと思われる。
LP1枚が化粧箱に入っているし、英文の解説まで付属する力の入れようだ。

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by noanoa1970 | 2011-03-22 09:06 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(3)

Commented by ま~さん at 2011-03-23 12:36 x
まだ大阪勤務だった頃、ザ・シンフォニーホールで岩城=N響の名演を堪能しました。S先輩のおっしゃる通り、岩城は首の調子が悪かったのにもかかわらず、上半身をフルに使って物凄いエネルギーを放射していました。この日のメインプログラムはショスタコの5番でしたが、現在でも記憶に強く焼き付いているのはラプソデーのほうです。
Commented by noanoa1970 at 2011-03-23 15:41
ま~さん さん
貴君のところは地震の被害はなかったのでしょうか。
記憶では千葉県在住ではなかったかと心配していました。
東日本に在住するDRACOBは被害はなかったようですが、仙台のT海林さんの事務所が大きく壊れたそうです。いずれOBでお見舞いを送る計画があり、実施の段はご協力願います。

さてラプソディを岩城さんで聞かれたよし、印象度の強力な良い体験をされましたね。晩年は金沢のオケとベートーヴェン全曲通し演奏など、体調が良くないのに頑張りました。ああいうタイプの指揮者は不出生でしょう。ミンシュとダブル所があって、好きな指揮者でした。
Commented by ま~さん at 2011-03-24 11:31 x
私の勤務先は千葉県ですが、住んでいるのは東京都の西のはずれになります。でも物凄く揺れました。現在も、計画停電、水の問題等々で、なかなか大変です。