復興のための音楽

あまりにもの悲惨さに、ネガティブシンキングになっていたが、やはりここで挫けてはいけない。

それで少しでも、アグレッッシブな心持ちになり、何かのアクションを起こせる状態に持って行こうと、音楽の力を借りてみようと思いついた。

いままでは、怒りの日、葬送などの死をテーマにした、暗い音楽を聞くことが多かったが、そんな事ばかりしてはおれない。

追悼という思考停止状態から、脱却しなくてはいけない。

それで、精神的高揚が促進できる音楽を探していて、ある曲のことを思い出した。

それは京都での学生時代。
学園闘争も機動隊導入で終焉に近づいた頃、音楽サークルDRACも会員が出校しなくなり、潰れかけていたときのことだった。

今まで研究活動に没頭してきた小生は、存在場所を失って途方にくれ、日々を無為に送っていた。

そんな折、しばらくして、O田先輩から、一緒に新聞局を再興しようとの誘いがあって、しばらく考えて、小生は参加することにした。

苦労はしたが、潰れた新聞局を再興するという行為が、潰れかけているDRACの再興につながるのではないかという期待もあった。

そんな時のこと、銀閣寺道を少し下がったところにある、老夫婦がやっているちいさな喫茶店に入ったときのこと。

その喫茶店は、クラシック音楽を流していて、正月元旦から店を開けていたことがきっかけで、それから何度かおじゃましたことがある店だった。

店に入り、頼んだコーヒーを飲もうとしたとき、曲は今まで流れていた、どちらかと言えば暗いトーンのショパンから、決して明るいとは言いがたいが、ダイナミックで劇的な音楽が聴こえてきた。

そしてその曲が、リストのレ・プレリュードであった。

アグレッシブで、これからなにかやってやるぞ・・そういう気持ちになれたようで、しかも何か強い意思とストーリー性を秘めたその曲に小生は圧倒され、コーヒーが冷めるのも気がつかないまま、ただひたすら聴いていたことがあった。

心中に漂う挫折感に、レ・プレリュードが大きなインパクトを与えたのだ。

しかも、レ・プレリュードは、小生の小児期、音楽の先生をやっていた京都の叔父の家に行ったとき、自作の電蓄で聞かせてくれた、ゴセックのガボットのあとで聞いた音楽でもある。
思い起こせば初聴き体験は、6歳ということになる。

母親が「この曲はなんという曲?」と尋ねると、「リストのレ・プレリュードや」と、ややぶっきら棒にいった言葉の響きが印象的でずーっと覚えていたが、自分で聞くようになるには10年の時を要した。

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本日はそんな想い出のある曲、アグレッシブで、東日本、東北そして日本復興の象徴的音楽と言っても悪くない、リストのレ・プレリュードを、フェレンツ・フリッチャイとベルリンフィルの重厚でアグレッシブな演奏で聞くことにする。

演奏は非の打ち所が無いほど、そして心に訴えかけるもので、この曲の演奏ではダントツではないだろうか。

一般的にはこの曲は、「人生は死への序奏」の「序奏」すなわち、レ・プレリュードとして暗いイメージを根底に持つ解釈をされるが、不治の病のもとにあったフリッチャイではあるが、その演奏は、ペシミステイックではなく、死を乗り越えて生きようとする前向きな姿勢の強い表れのようで、小生はフリッチャイの前向きな姿勢として受け留めたい。

愛の力、魂の叫びの、フランスのロマン派の詩人ラマルチーヌの「瞑想詩集」から素材をとったというリスト。
今の苦境を必ず乗り越えて見せるという、強い意志と信念が表れている音楽である。

カップリングのドヴォルザークの「新世界より」、この音楽も、新生の曲と言える。
さらにスメタナの「モルダウ」も、望郷の曲であると同時に、祖国独立そして復興のための曲と言ってよいだろう。

この音盤は、日本復興というこれから試練を迎える、難題で巨大な事業に、底力を発揮し取り組む姿勢を象徴する曲として、十分耐えうるものだろう。

被災地そして日本が、すべての人々の情熱と努力で、見事な復興を遂げ、新しく生まれ変って再度世界から尊敬されるべく重要な国となり、世界に恩返しをしていく、これからの歩みを応援するのに、ピッタリの曲でもある。

奮起を促進させるところがかなりの比重を占める「新世界より」、フリッチャイの演奏はこの曲のベストでもある。

今日はスメタナの「モルダウ」も含めて聴く事にする。
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by noanoa1970 | 2011-03-19 05:54 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(4)

Commented by HABABI at 2011-03-19 21:18 x
sawyerさん、こんばんは

ブログを拝見し、34年前、新婚旅行で京都を訪れ、哲学の道(だったと思います)を歩いていて、脇の坂になった道を少し下った先に「若王手寺(だったと思います)」という名前の喫茶店を見つけ、二人で入ってコーヒーを飲んでいた時、BGMでイエペスのギターでスペインものが流れていたことを思い出しました。
「前奏曲」はカラヤン/ベルリン・フィルのLPでしか持っていませんが、先ほど聴きました。カラヤンの演出が強かったり、途中でタンホンザーの中の動機が聴こえるように思ったり、少し邪魔が入りましたが、リストらしいネアカなところが気持ちを和らげてくれる様に感じました。
Commented by noanoa1970 at 2011-03-19 22:56
HABABIさんこんばんは
若王寺、行かれましたか。あの店は新選組血風録の土方歳三役でおなじみの、栗塚旭さんが経営する店で、小生がNOANOAをやり始めたすぐ後に出来ました。たぶん今でもあると思います。後世ワーグナーは大戦中、意識高揚のための音楽として利用されましたが、リストのこの曲も同じように利用されたそうで、金管のファンファーレなどは、よく似た雰囲気があるように聞こえます。意識高揚の効果があったのでしょうか。
Commented by micaline at 2011-03-20 04:55 x
私も偶然エレクトーンで、モルダウ引いてました。
美しき流れよ、モルダウのー。
と、中学生が合唱で歌うレベルの稚拙なプレイ力しかありませんが、自身で自身をコーピングできた気分です。
Commented by noanoa1970 at 2011-03-20 06:29
micaline さん
そうですか偶然とはいい何か共通に訴える力がこの曲にあるのかもしれませんね。自然によって自然が破壊されう、このようなパラドックスが現実に起こってしまいました。関東東北の山河も非常なダメージを受け、回復には相当の年月を用すでしょうが、人間周りはもちろん、一刻でも早く澄んだ水と緑の丘を復興したいものです。これからボランティアの力が重要ですね。