追悼の音楽として

被害の規模や、お亡くなりになった方をはじめ被災者の数は、いまだ確定してない今日。

しかし想像を絶する災害規模の巨大さは、日本人が経験した未曽有の災害として、長い歴史の中で語り継がれ、そしてその悲惨さはいつまでも残っていくに違いない。

少し早い気もするが、個人的追悼の曲をと、取り上げることにしたのが、R・シュトラウスの「メタモルフォーゼン」。

オーケストラ版もあるが、ここではやはり、23弦楽器による、オリジナルヴァージョンで。

なぜこの曲が個人的にしろ、追悼曲となりえるかといえば、今ではご存知の方も多いと思うが、そのような情報の全くない時代、この曲の中のベートーヴェンの英雄交響曲2楽章の「葬送行進曲」の引用を、自信の耳だけで発見したことがあった。

情報が潤沢になった後に、引用されたことの事実確認ができたことで、小生の耳と直感は、そう捨てたものではなく、長年音楽を漫然とだけ聴いてこなかったこと、そんな感慨でちいさな自負を持つことを許してくれた音楽であること。

文化的伝統的精神的支柱にしていた、ドイツの古い都市が空襲によって次々と焼け野原になったこと、象徴的にはベルリン国立歌劇場が、破壊されてしまったことで、祖国ドイツの終焉を実感することとなったR・シュトラウスが、楽曲の中にベートーヴェンの葬送行進曲を密かに引用し、祖国と自身の死に対する追悼の意を表したこと。

表面的には出さないが、内に秘めた「追悼」がそこにある音楽なのだ。

カラヤン/ウイーンフィルのオケ版の演奏も、ヤノヴィッツが歌う「4つの最後の歌」・・・これも隠された追悼曲といえなくもないが、素晴らしいのだが、あえてここは23弦楽器アンサンブル版で。

演奏はペーター・ルンデルが指揮を執る、オリオール・ベルリン合奏団。
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この合奏団の詳細は不明だが、演奏技術は大変優れていて、そのアンサンブルは、見事としか言いようがないほど。

カラヤンのロマンチシズムに満ちた演奏とは異なり、こちらは少人数のせいもあるが、其々のパートの響きを前面に出し、そしてかつ全体の響きの調和がとれている。

精神的悲惨さを表出させた音楽ではないものの、1つの時代の終焉が、そこに生きた自分の終焉でもあるという、哲学的な意味合いを感じるような演奏スタイルだ。

いつもはそんな受け止め方で聴くことが多いこの曲。

今日は個人的「追悼」を象徴する曲として聴くことになった。

作者、そしてそれを演奏するもの、さらにそれを聴くもの、三者のベクトルが、同じ方向にある・・・・そんな錯覚を覚えた。

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by noanoa1970 | 2011-03-14 17:41 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(2)

Commented by こぶちゃん at 2011-03-14 20:12 x
おお、R.シュトラウスの短い名曲ですね。この演奏、私も持っております。
盤も安いARTE NOVA。当然ギャラも安いのでしょうが、こういった廉価盤にも名盤が出たこと、恐らく若手アンサンブルに優れた合奏団が出たことは嬉しいですね。
謹んで私も手持ちの「メタモルフォーゼン」を聴くことにします。
Commented by noanoa1970 at 2011-03-14 22:21
こぶちゃんさま
流石ですね、これをお持ちとは。
演奏も録音もよい音盤ですね。先ほど聴き終えて、実にしみじみとなって、せつなくもなりました。明日はシェンベルクの「浄められた夜」を、カラヤン最後のロンドン公演ライヴで聴く予定です。