期待以上のブラームス

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このレコードも、バーゲンセールで入手したもの。
EMIの廉価盤、ELECTROLAからの発売である。

輸入盤にも廉価盤が出現し始め、ヘリオドール、オデッセイ、セラフィム、フォンタナは、小生のなじみのレーベルで、録音年代が古いものを中心に、人気がトップランクではない演奏家の録音が廉価盤の対象となったようだ。

少年期、価格が高いものほどいいものである、そういう既成概念が身についていたのか、小生は廉価盤の演奏者たちは2流で、お金をたくさん出さないと1流の演奏に巡り合えない、そんな風に思っていた。

音楽雑誌で推薦されるレコードは、殆どが有名演奏家の新譜で、廉価盤を推薦する評論家はごく一部に過ぎなかった。

小生がこの呪縛から解放されたのが、ウイーンコンツェルトハウスSQ、レオポルド・ルートビッヒF・コンヴィチュニー、ケルテスなどの古い録音(現在、コロムビア・ヴィンテージ・コレレクションでCD復刻)が、クラシック初心者向けの全集にあって、もっぱらそれを聴いて育っていて、中には子供ながらにこの人はすごい、そう思った演奏がコンヴィチュニーであり、後年一連のドヴォルザークで時の人になった、「イストヴァン・ケルテス」とバンベルク響のベートーヴェンのエグモント、レオノーレ序曲であった。

全く情報のない少年時代に聴いたこれらの演奏が、しばらく後にかなり高い評価を得る事になると、素直な少年期の感性が良いともうものは、やはり良いものであったと、少年時代の素直な感性を、感慨深く思い出した。

そして廉価盤の演奏家たちの中にも、素晴らしい演奏をする人たちが、大勢いることをも知ることとなったのである。

本日のLPレコードは、イタリア生まれのジュリーニとアルゼンチンチリ生まれのアラウが、イギリスのフィルハーモニア管弦楽団と演奏したドイツのブラームスピアノ協奏曲2番。

これらの組み合わせは、ブラームス演奏には相応しいとは、到底思えないものだったが、輸入盤の廉価盤のバーゲン価格だったこともあって、ダメ元で購入したもの。

その当時のオーディオ装置は、調整がうまくいってなく、QUADも、YAMAHAのスピーカーも音楽を聞かせてくれなかったので、このレコードの音は相当ひどい音を響かせてくれた。

だから演奏云々というところまでいかないうちに、このレーベルの廉価盤は音が悪いと、それからというものは殆ど聴くことがなかった。

ところがどうだろう、20年ぶりに聴いたこのレコードの音質は、1960年代という古い録音にもかかわらず、かなり上出来で、オケのパーステクティブはもちろん、ダイナミックレンジもよく確保され、音の粒立ちと分離もよい。

そしてこれは決してオーバーな表現ではないが、アラウのピアノが、スタインウエイではなく、高音はスタインウエイに似ているが、そうではなく、おそらくベーゼンドルファーだと強く推測する事が出来るような低音部と和音の響きを出してくれる。

20年前には絶対に出てこなかった音が、今聞こえてきたこと、これは細かい調整もさることながら、部屋という環境の変化が大きかったのだろう。

それで、ようやく演奏自体を十分に味わえる素地が整ったことを確認でき、改めてジックリと聴いてみた。

購入時に思った、非ドイツ系のブラームスだから、きっとそれなりの演奏なのだろう、という考えは、見事に裏切られ、音色は少し明るめだが、ゆったりとよく歌いこみ、ピアノはもちろんオケの低弦ソロ部分なども含めて、まるでシューベルトの音楽を聴いているかのような錯覚を覚えるように、詩的な表現満杯である。

途中でダレ気味になる演奏も少なくないこの曲、スケールが大きくダイナミックさと繊細さを併せ持ち、そして終始詩的な表現で貫いていて、一夫変わっているが、こういう演奏も悪くないと思えるブラームスが聴こえてきた。

盤面を変えるのももどかしいように、すべてを一気に、聴き通してしまった。

ジュリーニの晩年に見られたような、極極遅いテンポ設定でなく、このころは割と楽譜の支持を順守しているようだ。

アラウは、自由闊達なところを見せようとして入るが、それを思い切り発揮するのは、ソロパート、そしてカデンツァにとどめ置き、ジュリーニのバックに調和しようとするところがうかがえるようだ。

個性がありすぎの両者の組み合わせでは、オケとピアノがバラバラの、非構成的なブラームスになることを懸念したが、それは徒労に終わってくれ、少々次元が異なるものの、流れに乗って一気に聴くことが可能なブラームスがそこにあった。

ほとんど聴かなかったから、幸いなことに盤質も良いので、これからも長く聴く事が出来る。
レコードを集め始めたころは、そんなことも知らなかったが、輸入盤と国内盤の音質の差は、新譜ではかなり激しく、古い録音の廉価盤では、もっと激しい差となることが多い。

無理してでも輸入盤にすべきだったと後悔するものの、新譜での価格差が1500円以上もあり、おまけに輸入盤を扱う販売店が、名古屋に1件しかなかった時代であるから、それは高望みだった。

経験で輸入盤の廉価盤は、一般的に少しざらついた音がするが、それを除けば、国内版に比べ、大概はよい音がしたということになる。

レコードファンに、中古でも輸入盤が人気なのは最もなこと。
おまけにジャケットセンスも輸入盤に軍配が上がることが多いから、レコードファンには輸入盤は溜らないのであろう。

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by noanoa1970 | 2011-03-08 06:45 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(2)

Commented by cyubaki3 at 2011-03-08 20:51 x
>レオポルド・ルートビッヒ

私が小学生の頃に平凡社からファブリ世界名曲集(25cmLP、680円)というのが出ていまして、その中にあったこの指揮者の「ジュピター」が当時の愛聴盤でした。カラヤンとほぼ同世代の人ですね。
Commented by noanoa1970 at 2011-03-09 04:07
cyubaki3さま
おぉレオポルド・ルートビッヒご存知の方は、大変珍しいのに・・・「ジュピター」は小生未聴ですが、当時ではブラ1、チャイ5とチャイ6が全集にあったので、よく聞きました。
近年ベト9が世界初CD復刻され、ハンブルグ国立交響楽団とのチャイコ5.6も、ブラ1もCD復刻されました。あまり評価が高くなかった指揮者でしたが、いずれの演奏も素晴らしと小生はおもぃます。本来、オペラ指揮者ということですが、音源はあまりないようです。カラヤンと同世代、そしてF/コンヴィチュニーと同じモラヴィア出身です。