スメタナSQ、「アメリカ」の最初の録音

昨日レコード棚を探してとも、とうとう見つからなかったレーデルのバッハの代わりに非常に懐かしいレコードを発見した。

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スメタナ四重奏団が演奏した、多分最初のドヴォルザークの「アメリカ」の録音。
コロムビアレコードから発売となった、ヒストリカルシリーズというタイトルの廉価盤。

原盤はスプラフォンで、正確な録音年月日が不明だが、カップリングのシューベルトの「死と乙女」が1953年だからそれほど差はないと思われ、50年代のモノラル盤だ。

入手したのは、確か70年代のことで、各社の廉価盤が花盛りの時代であった。

今レコードそのものを手に持つと、廉価盤でもあのころは、しっかりとした重さがあって、その後出現したウスッペラで軽いステレオ盤と違って、厚みと重みがあって、ターンテーブルに乗せても安定感があり反ってもいない。

懐かしさと、薄れかつつあった演奏の記憶が、完全に消えてしまわないよう、早速聴いてみることにした。

スメタナ四重奏団の「アメリカ」の現在までの録音回数は5回だそうで、さっき聴いた1950年代、1966年、1978年、1980年で、残る1つは情報が得られず、後者2つは日本でのDENONによる録音で80年はPCM録音でもある。訂正・・・残る1つは 1987.9.13の録音、プラハ芸術の森にてスプラフォンとDENON共同政策小生はスラフォン原盤のPCM録音を所有しているから、年代の違う2つのアメリカ演奏の比較ができると期待して聴いた。

スメタナSQ、最初と最後の録音の比較ができるということになったわけだ。

40年代にチェコフィル内で創立されたユニットとのこと、室内楽団は入れ替わりが結構激しいから、30年近く時を隔てる初期盤と後期盤では、メンバーが入れ替わっている可能性が高いが、初期メンバーの情報もなかった。

しかし海外版のウイキに記載されてた情報によれば、以下のとおりである。
その前に面白いことを発見。
1st violin
Václav Neumann とあるので、もしやと思ってさらに調べると、なんと指揮者のヴァーツラフ・ノイマンのことであった。
1Vnというからには、ノイマン、初期のリーダー的存在だったかもしれない。


1st violin
Václav Neumann (1920-1995), from 1945 to 1947
Jiří Novák (1924-2010), since 1947

2nd violin
Lubomír Kostecký (born 1922)

Viola
Jaroslav Rybenský, from 1945 to 1956
Milan Škampa (born 1928), since 1956

Cello
Antonín Kohout (born 1919)

早い時期に、ノイマンが交代しただけで、1947年からはそのままのメンバーが、続いていたようだが、そうなると是非とも初期盤の正確な録音月日が知りたいところだ。

なぜそんなにこだわるのかといえば、小生が聴いた2つの新旧のアメリカの演奏に、かなりの表現の違いがあるように聴こえたからだ。

80年代の録音では、グローバル路線を行くスメタナSQの演奏スタイルが、普遍性はあるのだが、民族性が犠牲になってしまったように聴こえて、モーツァルトやベートーヴェンでは評価できるものの、ドヴォルザークになると、やや物足りなさを覚えていたし、アンザンブル力もアグレッシヴさも年のせいなのか、衰え気味のところが見えてしまって、弦楽器の音色は美しいものの、音楽が間延びしていた。

だからアメリカをはじめとするドヴォルザーク、スメタナ、ヤナーチェクの作品は、ヤナーチェクSQで聴くことが殆どになっていた。

80年録音に比べると、初期盤はずいぶん趣を異にしていて、音楽の勢いがありながら、よく歌い、しかもところどころに、軽いポルタメントを入れ込んでいて、さらにリズムの取り方、アクセントのつけ方に、スラブの伝統を見ることができる表現方法の演奏なのだ。

それで、80年録音の弛緩したアメリカと大いに違いがあるのは、きっとメンバーが交代した影響なのだろうと思ったわけだ。

しかしもし初期盤の録音が1947年以前でなかったら、メンバーはノイマンの代わりに、1947年イルジ・ノヴァークが入ったのちメンバー交代がされてないから、ほかの問題・・・解釈の変更などがある可能性が高くなる。

・・・と、ここまで来て、よくよく先ほどのメンバー推移を見返すと、見落としていた重要なことに気が付いた。

以下のように、ヴィオラも1956年を境に入れ替わっているのだ。
Viola
Jaroslav Rybenský, from 1945 to 1956
Milan Škampa (born 1928), since 1956

初期盤の録音が1956年以前であれば、ヴィオラのメンバー交代前であり、1956年以降からの録音、すなわちスメタナのアメリカのほとんどの録音は、ヴィオラの交代メンバーであった、ミラン・シュカンパ参加後の録音ということになる。

そしてアメリカの第2主題を、歌うように奏するという、重要な位置を占めるヴィオラのメンバーが交代するということは、小生が80年録音が気に入らなかった最大の要因の、第2主題の歌いまわしが、メンバーが交代することによって変化してしまったからではないだろうか。

ミラン・シュカンパ 氏には申し訳ないが、初期盤の録音が1956年以前という推理が、もし当たっているとすれば、ライベンスキーのヴィオラの歌いまわしのほうが小生には合っていることになる。

すなわちスメタナの級盤と新盤で、表現方法が異なり、小生の好みでなくなったのは、ヴィオラ奏者の交代によるところが原因だったのではないか、そう推理できるのだ。

スメタナ初期盤およびヤナーチェク旧盤の、ヴィオラの歌いまわしは、実に素晴らしい。
ヤナーチェクにおいても旧盤と新盤では、特に第2主題の歌いまわしに大きな違いがある。

これでスメタナ、ヤナーチェク2つのチェコの巨頭SQによるアメリカ演奏は、小生の中でようやく互角となった。

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by noanoa1970 | 2011-02-24 15:24 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(2)

Commented by 田舎のハインリヒ at 2011-02-24 23:48 x
はじめまして。小生が手持ちの国内盤CD (25CO-2555 )には、
シューベルト「死と乙女」 1954年録音 ヴィオラ奏者 ヤロスラフ・リベンスキー
ドヴォルザーク「アメリカ」 1958年録音 ヴィオラ奏者 ミラン・シュカンパ
以上の記載がございます。
Commented by noanoa1970 at 2011-02-25 07:13
田舎のハインリヒ さま
貴重な情報ご教示感謝です。
1958年録音ですか。
ということは、小生の推理が妄想に終わったということになりますね。そうなると演奏表現の違いは、別のところに原因があると思うのですが、これを明らかにするのは、非常に難しくなりました。チェコという土俗から、世界へという普遍性に目覚めたのでしょうか。こうなってくると、スメタナSQの5つすべての「アメリカ」の録音が聴きたくなります。