かねてからの想い

先のブログで、モーツァルトK331とシューベルトの子守唄の類似性について、私見を述べた。
今日は、曲そのものの類似ではなく、曲想の類似という観点から、以前から長い間思っていた、小生の私見を述べておくことにした。

聴くたびに思うのだが、「寂寥感」という言葉がよく似合う音楽として、小生のお気に入りの曲でもある、モーツァルトの「ピアノ協奏曲23番2楽章」。
そして、ブラームスの「クラリネット五重奏曲2楽章」、そしてシェーンベルクの「浄められた夜」を揚げたい。

時代も音楽も違う、この3人の作曲家が持つ感性は、これらの楽曲で見事に一致しているように、小生は強く想うのである。

このいずれかの曲を聴くたびに、他の2曲のことが偲ばれ、それらも聴くことになることがある。

人生の終焉あるいは悟りの境地の表出かもしれない…そんな風に思うこともある。

モーツァルト


ブラームス


シェーンベルク

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by noanoa1970 | 2011-02-02 11:37 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(2)

Commented by HABABI at 2011-02-03 22:17 x
sawyerさん、こんばんは

基本的・根本的に、ゆっくり下降して行く旋律が主になっていて、それに拡がる響きが伴ってゆっくり繰り返される曲のように思います。これらから共通して強く「寂寥感」を覚えられるのは、何か、sawyerさん独自の体験が隠されているように思います。
私の場合には、多分、音楽そのものを受付けないように思います。
Commented by noanoa1970 at 2011-02-04 11:29
HABABI さんコメントありがとうございます。
3つの曲に、自分自身のこれといった感傷的背景はないのです。今気が付いたのですが、たとえばよくあるらしい、失恋をした時と重なる曲、などというものは、全く無いのです。
結局はツボにはまった好きな曲ということなのでしょう。そして多少メランコリックなところで、共通しているだけのことだと思います。