就寝時の音楽

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相変わらず眠りに就く前に、床の中で音楽を聴いている。

かれこれ2週間ほどになるが、どうやら癖になってしまったらしい。

小生はDLが面倒なので、未だにメモリー録音媒体を所有してない。

よって、音楽媒体は、当然のことながら便利なCDだ。

かつてCECから、LPレコードプレーヤーのような形をした、複数枚再現可能なCDプレーヤーが発売されていて、かなり安価で、息子が購入したのだが、そのうち壊れてしまったようだ。

有れば至極便利だとは思うが、就寝前の一時のことだから、CD1枚の時間が過ごせれば、たいていは不足はない。

がいちばん困るのは、CD1枚を全部聴いてもなお、眠りに就けない時がたまにあることだが、かといってリピートをかけておく気にはなれない。

しかしそのような時でも、聴いた音楽を頭の中で、反芻していると、それまでどれだけの時間を要したかはわからぬが、いつの間にか眠りに入る。

極私的音楽発見というものは、そのような時にこそ、得られることが多いものである。

そのことは多分、いかにその音楽に集中できるか、という証左であり、小生にとって、眠りに就く前のひと時も、その重要な時間であることは、間違いないところである。

昨夜取り出したCDは、「コルンゴルト」のヴァイオリン協奏曲。

ひと昔前に、にわかにブームとなったコルンゴルト。
1997年の生誕100年に、『コルンゴルト・ルネッサンス』が起こり、注目されるようになったが、それ以前は、其の名前を聴いた人はごく少数だった感のある音楽家の一人である。

むろん、小生の音楽需要の歴史の中でも、この人の名前は、20世紀の後半までは、全く未知の存在であったことは言うまでもない。

初めて聴くことになった「死の都」は、小生がかつて読んで気に入っていた、福永武彦の「廃市」と風景が重なり、お気に入りのCDである。

余り多くの作品を聴いたわけではなく、劇音楽「空騒ぎ」他にすぎない。

以前ブログに・・・ココ「どこもかしこもから騒ぎ」というタイトルの記事をUPしたのを思い出した。

いずれの作品も、一言で「聴き易い」音楽だということがいえる。

甘いメロディーの、映画音楽の様な所があるかと思えば、かといってそれだけではなく、表現主義的手法が感じられるオペラ「死の都」の様な、およそ現代のクラシック音楽の作曲家らしからぬところがあり、多分そのような作風から、生存時の評価は余り高くなかったようだ。

ヴァイオリン協奏曲も、甘いメロディーの、とろけそうな曲想が支配する。
後期ロマン主義の音楽的手法の域を、出ることがないため、そのことが凄く耳触りのよい音楽となっている。

2楽章のアンダンテは、サラサーテの影響を感じるし、3楽章はフランスの6人組・・・プーランク的なものをも感じることが出来る。

1945年の作品であるが、調性に基づいて作品が形成されており、しかもそれが古さを感じさせないで、すんなりと耳に入ってきて記憶に残ることは、有りそうで実は、そうざらにあることではないように思う。

音楽に集中してしまい、なかなか眠りに就くことが出来ず、2度聴いてしまった。

おかげで、今日はかなり寝眠い。

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by noanoa1970 | 2010-11-12 10:47 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)