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哀れ、最後のサンカの末裔

報道されることが殆どない「サンカ」を扱ったドキュメンタリー番組。

10月16日テレビ朝日放送の「報道発 ドキュメンタリ宣言 知られざる日本の原風景“サンカ”~最後の末裔が語った真実~」を観た。

小生が小学4年か5年生の時だから1960年前後、学校帰りに近道であった、名古屋市千種区猫が洞にある猫が洞池を通ることがあったのだが、そこである時テント小屋があるのを見つけた。

少し遠くから立ち止まって見ていると、子どもが出てきたのだが、テントから母親と思しき人が出てきて、子どもをテント内に素早く連れ込んででしまった。

母親は丈の短い着物を着ており、割と小ざっぱりした身なりだったから、浮浪者とは考えにくく、次の日に同じ場所に行くと、昨日在ったテント小屋は、きれいサッパリ無くなっていた。

そう云う体験から数十年経ち、ある時「サンカ」という存在を知ることになり、あの時のテント小屋は「サンカ」ではなかったかという、推測から今や確信となっていったのだった。

そういう経緯があって、小生の主たる民俗学的興味の「サンカ」の報道番組があるという情報を得て、しかもサンカの末裔が登場するという、前代未聞の報道番組を期待して見ることにしたのだった。

詳細はここでは触れないが、番組で報道された、サンカの末裔の兄妹の妹、Mさんについての番外情報・・・これぞ知られざる真実か、を意外な形で発見したので、ここに揚げることにした。

Mさんは番組でも登場し、かつて住んでいた「背ぶり」の場所に案内したり、当時の家族親類の写真を懐かしく見ながら、これはだれ誰・・と説明していた。
何時頃取材したのかはわからぬが、このときの番組内ではMさんは、まだ洒脱だった様だ。

記事によると、2008年、そのMさんが、決して健康的文化的生活とは言えない中、亡くなってしまったという。
昭和22年生まれだそうだから、小生とほぼ同年代、60歳という若さで亡くなったことになる。

ここに挙げられている記事は、行政がいかに人権を無視したのかという事件を示すとともに、そして「サンカ」ひいては少数民族などに対する行政の不法行為を示すもの、事実ならば決してみのがせないことである。

地域住民の・・・割と親切なことに比べ、行政の・・・まさに文字通りお役所仕事ぶりが伺える。

サンカの特殊性をネタにした、行政批判側の記事とも取れ、一方的ではあるし、この記事に対しての反論や弁明がないため、すべてを鵜呑みには出来かねるが、事件内容が行政の善意の産物の行為だったというには、余りにも御粗末ではないだろうか。

報道ではこの点にはまったく触れてなかったが、おそらくネタをつかんでいたのではないかと推測される。
ここまで踏み込んだ報道であれば、さらによかったと思うのは欲張り過ぎだろうか。

記事内容は以下の通り、記事はかなり詳細にわたっている。

「最後のサンカ」の孤独死と、預金を勝手に引き出す東松山市職員!
地方行政を読む - 東松山市
2009年 5月 02日(土曜日) 00:00
「日本一の福祉都市」をめざす東松山・坂本市政でまたも不祥事!
「最後のサンカ」の孤独死と、預金を勝手に引き出す東松山市職員!
不正行為のウラにまたしても坂本市長ファミリーの陰!!


 昭和22年に生まれ、昨年4月26日に没したMさん(60・女性)。定住することなく、山間を移動しながら生業を営んできた「サンカ」(山窩)と呼ばれた人々の、最後のひとりである。Mさんの両親はサンカ研究の先駆者であった三角寛も取材しており、記録によれば9人兄弟の4女にあたる。セブリ(瀬降り)と呼ばれる河川敷のテント集落で生まれたMさんは母の死後、施設をへて就職し結婚。一時は建設会社の寮で生活していたのだが、再び夫と河川敷に小屋を建て住み着いた。やがて夫が亡くなり平成11年の冬、小屋が火災で全焼。Mさんは以前から面倒を見てくれていた農家が「生活保護」を申請し、農家が経営するアパートに移り住むことになった。

「保護者」は「日本一の福祉都市」を目指す東松山市。だがMさんに対する市の扱いは非常識きわまりないもの……いや、文盲のMさんにとっては、はっきりいえば「殺人的」だった。彼女に生活保護措置をとらず、布団さえ与えず、Mさんの預金を勝手に引き出していた東松山市。あげくにはMさんの死後、彼女の遺産を無断で遺族に分配していたのだ!

Mさんに「生活保護」措置をとらなかった東松山市
あまりにも痛々しいMさんの布団すらない孤独死
「いったい市役所は、Mさんに何をしてあげたのか」
 社会福祉協議会を舞台にしたリーマン社債1億円焦げ付き問題発生から、坂本祐之輔市長らによる市職員恫喝、それにさかのぼる常軌を逸した市役所内部での官製談合(職員2名が逮捕)など、「福祉の充実」を看板にした東松山市政が揺れている。こうしたなか、新たな不祥事が発覚した。

 昨年4月26日に死去したMさんは、近所の要請もあって数年前から東松山市役所福祉課による「生活支援」を受けていた。ところが、どういうわけか市役所が「預かっていた」Mさん名義の預金通帳から、死亡前後に多額の現金が引き出されているのである。約200万円あった貯金は、Mさんが亡くなった当日から3日後にかけて、40万円、50万円という大きさでATMから下ろされているのだ。(詳細な内容は後述)。

 Mさんが東松山市福祉課に“保護”された経緯を知る行政関係者は、こう述べる。

「Mさんは、昭和30年代頃まで東京を含む関東地方の山間で暮らしていたサンカ(山窩)とよばれる人々の末裔です。夫を亡くし孤独な身となり、障害も持つMさんをかわいそうに思った近所の人が『自分が経営しているアパートに入居させてもよいから、市で保護してあげてほしい』と申し出て、この人と市役所との話し合いでアパート入居となり、以後、福祉課のケースワーカーの訪問をしばしば受けながら暮らすようになったのです」

 ここまでの話なら「美談」といえるだろう。しかし、現実はそうならなかったのである。
「アパートの家主さんは、『Mさんはぜひ、生活保護で措置してあげてほしい』と市役所につよく要望していました。Mさんが障害を持つ高齢者だったからです。そして、てっきり生活保護を受給して暮らせるようになったと思っていたのに、Mさんが亡くなってから部屋に入るとコタツに冷蔵庫があるものの、布団もないありさま。そのコタツや冷蔵庫も近所の人があげたものです。市からケースワーカーが週2日来ていたにもかかわらず、です。『いったい、市役所はMさんにどんな暮らしをさせていたのか』と、近所では怒り出す人もいました」(前出の市民)

 本紙が取材してみたところ、驚くべき事実が次々と明らかになった。まず、東松山市福祉課はMさんに生活保護を受給させていなかった。そして驚くべきことに、Mさんの障害者年金が定期的に振り込まれる預金通帳を市役所が預かっていたのだ。残された通帳によると、その残高は死の直前の4月15日には201万1,649円にもなる。その前の2月18日までさかのぼると、数日おきに数千円から27,000円程度まで(これは振り込みなので家賃ではないかと思われる)、9回にわたって出金されている。

「残高が200万円くらいもある通帳が出てきたというので、家主さんを含め近所の人は驚いていました。まさか市役所がそんなものを預かっているとは、想像もつかなかったものですから。『そんな金を預かっていたなら、なんで布団くらい買ってやらなかったんだ』と、Mさんが不憫でなりませんでした」(同)

 Mさんに対する東松山市役所のあまりに杜撰な仕打ちに、事情を知る市民の怒りは高まるばかりだ。しかし、ことはそれだけにとどまらなかったのである。

市福祉課の常識で考えられぬ不法な「無権代理」行為!
遺産分割協議もないまま個人の遺産を勝手に分配
坂本市政下の東松山市役所は“無法地帯”か?
 Mさん名義の預金通帳から、残高が最高額だった4月15日以降に出金された額と日時等は、表のとおりである(カッコ内は残高)。

Mさんの預金通帳による出金記録(H21.4.15以降)

4月17日   12,000円 (1,999,649円)
4月25日   10,000円
4月25日  400,000円
4月25日      105円  ※手数料
4月26日  500,000円
4月26日      210円  ※手数料
4月28日  500,000円 (589,334円)


 以上は、本紙が遺族らの協力で提供された通帳コピーの記載によるものだ。Mさんが亡くなったのは4月26日。その前日を含め、死後に至るまで3回にわたり、計140万円が引き出されている。

 生前のMさんとよく言葉を交わしたという近所の人は語る。

「Mさんにこんな多くの貯金があったなんて、驚きです。生活保護を受けているとばかり思っていたものですから。でも、なんでMさん名義のお金がこれだけあるのに、あんなにみじめな暮らしを市役所の担当者はさせていたんでしょうか」

 Mさんが市役所の保護を受けた頃から事情をよく知る人は、こう語っている。

「いっしょに暮らしていた兄が亡くなったとき、貯金を100万円くらい引き継いだのです。その後、Mさん自身に支給される障害年金が口座に入金され続けたのですが、Mさんはこれを自分で一向に使えないままで、貯まっていったのです。Mさんは『役所の人がお金を自由に使わせてくれない』ってボヤいていましたが、私たちは『そんなことないよ。ちゃんと相談してごらん』とアドバイスしていました。結局、預金通帳は東松山市役所の福祉課が預かっていて、市の担当職員がお金の出し入れ一切をやっていたのです」

 実は、一見「親切」に思えそうな東松山市福祉課のこの行為は、法を逸脱する重大な誤りだったのである。これについては、後述する。

 それにしても、福祉課の担当職員は、何を判断基準にして大小の金額をMさん名義の預金口座から引き出していたのか。これらの金額の使途について、Mさんの世話をやいていた住民の一人が不審に思い、市役所福祉課に説明を求めた。これらは、東松山市役所が使用している事務箋に書き留められている。

福祉課が説明した「Mさん預金の引き出し内訳」

貯金高   1,989,649円
市役所支出   496,171円
M子支払分   200,000円
H子支払分   200,000円
S次支払分   500,000円
不明金      3,217円
貯金残高    590,261円 (H20.9.30 解約時残金)
S郎支払分   250,000円
寺支払分     60,000円 (高済寺)
現在の残金   280.261円


 ここにある「M子」「H子」「S次」「S郎」は、元々のメモには実名記載されており、Mさんの親族である。なんと東松山市福祉課は、遺産分割協議もないまま勝手に故人の遺した金員を親族に分配したのだ!

 これは弁護士すら正式の委任がなければできない「無権代理」行為そのものである。もちろん、刑事犯罪に該当する不法行為である。

 本紙は、この事実を把握した後、口座を扱っていた銀行支店や行政専門家のもとを訪れ、これまでの調査で明らかになった事実について見解を問うた。銀行支店の担当者は、こう語った。

「亡くなった方の名義である預金口座は、当然銀行側がお客様の死亡を把握すれば、すぐに凍結して出金を止めます。遺族による遺産分割協議の成立を見て、初めて出金させるのが原則です。ただ事情によっては葬儀費用その他で当座の現金が必要な場合、所定の手続きで出金させていただくことになっています。Mさんのケースについては、驚いています。市役所がお客様の預金通帳を預かって出金を代行していたことは、自動支払機を使う限り把握しようがありませんでした。もちろん東松山市役所から当店扱いの預金通帳を預かって管理しているというようなお話は、一切ありません」

 世の中では「振り込め詐欺」が横行している。それゆえ他人名義の口座の扱いは、その代行について厳密にチェックされるように指導がされている。ところが東松山市福祉課は、こんな世間的常識のイロハに属する手続きすら怠っていたのである。

 元行政マンは、こう述べる。

「孤独で身寄りがなかったり、親族が近くにいなかったりする痴呆症や精神障害の高齢者等についてその財産管理を代行するのは『成年後見制度』を活用することになっています。障害や痴呆の程度等によって、後見人、補佐、補助の3通りの代行者・援助者が任命されることになっており、親族かその人の住む自治体の首長が裁判所に成年後見制度活用の申し立てをし、保護を行うのです。これが自治体の福祉行政の基本です。東松山市福祉課は、民法や制度をまったく無視した独断、我流でMさんを『保護』したのであり、これは刑事犯罪に匹敵する大きな誤りです」

Mさん担当のケースワーカーは「坂本市長の親族」
東松山市役所は「犯罪者の伏魔殿」か?
東松山市民よ、もはや坂本市政の転換は急務だ!
 またも犯罪行為である。東松山市役所の中には、財産権を含む基本的人権の尊重を重要な柱とする憲法をはじめ、法律というものはまったく存在しないのだろうか? 

 昨年の官製談合事件、坂本市長と側近らによるリーマンブラザーズ債焦げ付き1億円損失の隠蔽工作や職員恫喝、坂本市長ファミリーによる高齢者配食サービスを舞台にした福祉の「食い物」化、同じく坂本ファミリー・ルートの関与が濃厚な大東文化大学との不可解な土地取引・小学校敷地引渡しなどに続き、次々と腐臭ただよう悪事の片鱗が見えてくる。東松山市役所とは、まるで「犯罪者の伏魔殿」ではないか。

 先の元行政マン氏は、次のようにも述べる。

「東松山市によるMさんの扱いには、驚きを通り越したものがあります。しかし、地方公務員というものは、県レベルでの研修交流も行われ、人事交流もあるので、この市だけが他の自治体と比べてことさら違法行為が多いことを、職員の責任だけに帰するのも変です。むしろ、成年後見制度の適用の鍵を握っているのは、坂本市長のような自治体首長であり、市長が怠慢で職責を果そうとしないため、福祉課レベルで行政行為としては不自然なことが横行している、と解釈することも可能でしょうけれども。それにしても非常識きわまりない。ひとつ間違えば、担当者が横領の刑事犯罪で逮捕される重大な逸脱行為なんですから」

 本紙は、次のような情報も得て、裏づけも得た。Mさんを担当した職員(ケースワーカーK氏)は坂本市長の親族なのだ。週に2回もMさんを担当しつつも、布団すら与えず、いったい何をしていたのか。

「日本一の福祉都市」という目標を掲げつつも、福祉を食い物にし、そして福祉でしっかり守らなければならないはずの弱者をないがしろにする東松山市政。

 いまや坂本市政の転換は、東松山市民にとって焦眉の課題といえるのではないか。市民はいまこそ「主権在民」という言葉の意味をもう一度、よく噛みしめるべきだろう。こんな犯罪的リーダーを選んでしまったのは、他ならぬ東松山市民なのだ。■
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by noanoa1970 | 2010-10-22 11:49 | 歴史 | Comments(2)

Commented by k_hankichi at 2010-10-22 22:30
哀しい、実に哀しいものです。差別と迫害、搾取というものを無くしたいです。
Commented by noanoa1970 at 2010-10-23 05:57
こんにちは
つい数日前にMさんが登場する番組を見たこともあって、この話しは思いもよらなかったことでした。小生はサンカが、「溶け込み」という、市民社会で生活するようになった典型をみていたのでしたが、実際はこのような悲惨な事実があったわけです。それにしても、ごく近年までサンカの末裔が存在していたのには驚愕します。