コンヴィチュニーのブル8

戦後から冷戦期の東ドイツの音楽界・・・レコード会社においては、かなりの混乱があったらしい。

東と西の交流とそして張りあいの中で、発売されたレコードのオケの表記や時には演奏家そのものの間違いなど、小生が知っているものでも数件にわたる。

このブログでもかつて取り上げた、コンヴィチュニーのブルックナー4番の演奏が、ウイーン交響楽団とライプチッヒ・ゲヴァントハウス管と2種類発売されていたが、後者の演奏は誤りで、実はウイーン交響楽団との演奏が正しいというもの。

小生はLPとCDで、ウイーン交響楽団とゲヴァントハウス管の演奏録音として発売された両方所有している。

一説によると、誤表記はマスターテープ保管上のミスであったというが、聴感上は微妙に異なるように聞こえる個所が存在することから、小生はやはり2種類の演奏があり、それらを何かの事情でつなぎ合わせたのではなかったかと、今でも思っていて、そのように推理している。

さて
件のコンヴィチュニーだが、この間から聴いてきたブルックナーの8番が、10年ほど前のこと、ドイツのヴォイトブリック社から発売となった。

世界初の音源だったからすぐに購入したが、ヴォイトブリックの説明では、1959年「ステレオ録音」とあった。

コンヴィチュニーの50年代の演奏のステレオ録音は、かつては皆無であったし、エテルナ音源ならば、さぞよい状態であろうと、おおいに期待したものだった。

実際に聴いてみた感じでは、左右の広がり感が乏しいステレオ録音と、一部では称されたこともあったし、疑似ステレオではないかという意見もあった。

小生の感覚は、モノラル録音にしては奥行き感があり、立体的な音がする不思議な録音で、ステレオ録音とすれば、ワンポイント録音の失敗作品、モノラル録音であれば、非常によい状態の・・・優れたモノラル録音をモノラル専用カートリッジで聴いたときに味わうような・・・そんな音であった。

数々のコンヴィチュニーの音源の中でも、かなり状態が良い録音で、しかも1959年という…米国ではすでにステレオ録音が当たり前となっていたようだが、ヨーロッパのしかも東ドイツでは非常に微妙な年であるから、このCDを聴いた多くの人が、ヴォイトブリックのステレオ表記に疑いを持つことになった。

ほとんどの人がこの録音を、モノラルであると思っても決して不思議ではない。
たしかにステレオ録音の特徴の・・・昔のステレオ録音は特に顕著であった、左右の広がり感がない。

しかしよく聴いてみると、いわゆるモノラル録音とは違う点が、かしこに見られるので、ひょっとして・・・
そう思って、位相を逆に設定して、(小生の装置は、プリとCDの間にトランスを入れており、そのトランスに正相と逆相を瞬時に切り替えできるスイッチがある。

それで今回逆相に設定して聴いてみると、正相時よりもステレオ感がかなり強まった。

そのおかげでオケの配置が両翼配置であることや、ハープの位置までが、其れなりにわかるようになったのだ。

弦の艶そしてハーモニーが際立ち、金管のものすごい咆哮とともに、ベルリン放送交響楽団の総合力とコンヴィチュニーの実力のほどが、以前にもまして十分すぎるほど伺える。

ややもするとブルックナーの交響曲は、録音状態が演奏の質に大きく影響することが多いように思うが、今までモノラルのように聞こえてきた、本CDでさえ小生は高く評価してきただけに、逆相接続となって、オーディオ的にさらに素晴らしくなったことが相まって、小生の評価はさらにUPすることとなった。

そして、12種類聴いてきた中で、小生のTOPランクは、このコンヴィチュニー盤であることを確信。

演奏内容については後日とするが、4楽章の冒頭リズム処理を聴くと、まるでプロシアの陸軍の行進と、雄叫びのような感じさえする。

そしてこれらはすべて「神」の加護のもとにある…そのような空気が漂ってくる。

コンヴィチュニーのテンポとリズム処理、ティンパニをはじめとする低音部処理に支えられた上下動する弦群のさざめきは、神に向かっていく、あるいは神が天から降臨してくる・・・・そんな音楽である。

神がかりとは決して言わないが、この演奏はコンヴィチュニーの残した音源の中でもダントツである。
過去から定評がある、クナッパーツブッシュや、シューリヒトの演奏を凌駕するのではないだろうか。

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by noanoa1970 | 2010-08-04 16:40 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)