浅川マキのふるさと回帰

少年は私、私は少年、浅川マキは「少年Ⅱ」でそう語った。

以下は1971年の「浅川マキⅡ」「紀伊國屋ライブ」に収録されている「少年」の歌詞である。

数々の浅川の歌の中で、この歌のファンは多い。

小生は、この歌「少年」を文字通り「少年」・・・父か母の片方をなくし、生れ故郷からやむを得ず違う町・・・多分港町だと思うのだが・・・に引っ越してきた少年の心境を歌ったものだと、そう思っていた。

しかし「少年は私、私は少年」という浅川からは、大人になりかけの、まだ少女らしさの残る女が、それまで育った故郷の村社会のしがらみを断ち切るようにして「あの町はきっといいよ」と、「赤い橋」を渡った大人になりかけの少女が存在する。

少女は浅川マキそのものである。

夕暮れの風が ほほを撫でる
いつもの店に 行くのさ
仲のいい友達も 少しは出来て
そう捨てたもんじゃない

さして大きな 出来事もなく
あのひとは いつだってやさしいよ
何処で暮らしても 同じだろうと
わたしは思っているのさ

なのに どうしてか知らない
こんなに 切なくなって
町で一番高い丘へ 駆けてくころは
ほんとに泣きたいぐらいだよ

真っ赤な夕日に船が出てゆく
私の心に何がある


「あの町はきっといいよ」と思って、故郷を飛び出したのだが、「きっといい」そう思って、たどり着いた町の現実は、少女が胸に描いた姿とは異質のものであった。

「何処で暮らしても同じだろうと、わたしは思っているのさ」と、ようやく悟りながらも、半ばあきらめているのが、今の心境だ。

自分の意思で飛び出した故郷だが、今思えばやはり故郷はよかった。

父も母も親類も、古くからの友達も、山も川も・・・・

帰りたい気もするが、やはりいまさら帰れない。
故郷が無性に恋しくなる。

この町で一番高い丘に登れば、故郷が見えるだろうか。

そんなはずもなく、ただ見えるのは、赤い夕に向かって出てゆく船。
かつて私があの「赤い橋」を渡った時と、あの船は、ダブって見えてしまう。

故郷に帰りたい・・・でも誰にも言えないその気持ち。
わたしの人生は、結局こんな思いのまま、何も変わらずに過ぎていくのだろう。

浅川マキ - にぎわい&少年 (1971)

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by noanoa1970 | 2010-01-30 11:05 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)