浅川マキと五木寛之の対談を読む・・・最終

<たとえ5人の聴衆のためでも>という、対談につけられたサブタイトルの意味がわかる個所がある。

それは歌い手にしても物書きにしても…すなわちすべての表現者に当てはまることなのだが、表現方法や表現スタイルの変化変容と、それを享受する聴衆の感じ方の問題だ。

多分五木は対談の根底に、前衛的サブカルチャーとしての「アンダーグラウンド」と、「日本的なるもの」すなわち保守的とか伝統文化とかの既存文化、主流文化との対比があり、其れを浅川マキが、あるいは浅川マキの歌う姿勢に、どのように対峙、または影響反映れているのかということを、念頭にいた節があるように思う。

先に書いた「違うんだな」という観客の言葉に象徴される、表現者の変化変容と、其れに異を唱える・・すなわちそれまでの表現方法の中でしか享受しきれない観客とのギャップ。

そのことを、前衛的なもの=アヴァンギャルドとアンダーグラウンドを、単純に一緒にはできないとしても、自らそれを求めることも、必要に迫られてのこともあるが、常に変化していく表現者は、それまでの観客・・すなわち、それまでの表現を支持してくれた客との決別を覚悟しなければならないと言っている。

しかし、小生は浅川マキのファンダメンタルに流れているものを、「日本的なるもの」・・・その例えに「演歌」という言葉を使って表現したが、其れは一までの日常・・・村社会の因習、慣習といった過去からの時間的習俗にあると思っている。

其れは、そこから離れよう、逃げようとしても一生ついて回るものなのだ。

浅川の初期の歌に「赤い橋」という歌がある。
ちょうど子の対談のころの歌だ。


ここで歌われる「橋の袂に咲く赤い花」とは、彼岸花なのか違うとか、其れはさして問題ではなく、「赤い花」とは今の「村社会」の日常・・・「私もいつかきっとあの橋を渡るのさ」と、そこから決別しようとする自分が存在するのだが、「赤い花」・・・つまりそれまでの日常のよさも同時に持ちえている自分が存在する。

今の生活から逃れたいが、手放しでそうすることもできない自分への葛藤が、そこに歌われる。

さらに「夜が明けたら」では


葛藤の末に、今の生活からさよならする意思が歌われる。
しかしここでもまだその決心はつかない。
「切符を用意して頂戴」と、あくまでも人の手にゆだねるそのことは、町を出ることが現実ではなく、「そうしたい」でも「そうしきれない」という、いわば願望に終わっているのが重要なことだ。

過去の因習やしがらみ・・・「村社会」という言葉を使っておくが、どうしても其れをぬぐい去れないものが、浅川には存在する。

対談で浅川は
「フリーは、観客は熱狂するが、私には欲求不満である、またロックはブームで終わるかもしれない。」ということを言っていて、その後の浅川の音楽的広がりとは無縁のような発言をしている。
しかし現実はそうではない。

さらに浅川は、「モップス」のコンサートでの逸話・・・「エンカ」と客に言わせ、そしてすぐに「追放」とステージで叫ぶのを例に出して、その頃の若者文化の「反演歌思考」を語ったが、コンサートがはねた後、観客に一人が、モップスの「あいつに(鈴木ヒロミツのことか)演歌を歌わせたらいいだろうね」と言っているのを聞いて、「面白いと思った」と言っている。

サブカルチャー、アンダーグラウンドの象徴的存在である浅川も、その当時の若者文化に象徴される「反演歌」だと、五木は思っていたらしいが、浅川が決してそうではなく「私、演歌好きですよ」というのを聞いて、五木は、若者の反演歌の中に「近親憎悪」の姿を見た。

一方その時五木は、浅川の底辺を流れる・・・音楽でいえば「演歌的なもの」・・民謡でも歌謡でもいいが、いわゆる日本的な音楽の総称としての「演歌」の存在に気がついたのではないだ得ろうか。

「反演歌志向」、・・・演歌の世界、すなわち「日本的なるもの」から抜け出すためには、徹底的に
そのことを追いつめなければ・・・すなわち理解しなければ・・・ならないと五木は言う。
「憎んだものの中には、共通のメンタリティがある」、そのことに気がつかないで、そこから背を向けるだけでは、決して決別できないと。

さすがは五木、仏教の教え・・・禅の思想のように、奥が深いことを言う。

浅川自身気が付いてないのかもしれないが、そして浅川のその時代の音楽しか聞いてない聴衆には気がつかないことだと思うのだが、(こういう小生も浅川のすべてを聞いたわけではないから、偉そうなことは言えないが、それでも彼女の7割ほどの音楽を聴いた感じでは)浅川が、あらゆるジャンルの音楽と手を結んでも、そこにファンダメンタルに流れているのは、象徴的に「演歌」という言葉を、あえて使うが、共通して「日本的センチメンタリズム」であり「ロマン性」であり、日常と非日常の葛藤である。

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by noanoa1970 | 2010-01-27 10:45 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)