メンゲルベルクの第9

ほぼ1週間のご無沙汰でした。
もうすっかり外は冬の装いを呈し、久しぶりの長浜行きの途中の伊吹山も雪化粧。

帰宅第一稿は何にしようか迷ったが、季節がらやはりベートーヴェンの第9にした。

コアなクラシックファンのな中には、年末の第9はやめて宗教曲・・・たとえばメサイヤやマタイ受難曲あたりを聴くほうがよいとおっしゃる方もいるのだが、無類の第9好きの小生はやはりベートーヴェンの第9がいい。

何度も書いていることなのだが、小生の場合、指揮者の技量を図るメジャメントの重要な曲が、ベートーヴェンの第9である。

オケと合唱のコントロールの・・・・すなわち指揮者と演奏者の息が少しでも合ってないと、たちまち音楽が破綻してしまう。
だから名のある指揮者でも、良い演奏にあたることが少ない。
しかしどちらかといえば、無名に近いオケと合唱団を束ねながら、ものすごい演奏をしたものに巡り合うことがある。
ペーター・マークとパドーヴァヴェネトの演奏は、その最たるものだと思う。

年末にはクルトマズアが第9を指揮するそうで、例によって少年少女合唱隊を参加させるようだから、どのような第9を聞かせてくれるか、とても楽しみなことだ。
ゲヴァントハウスとの録音と同様の、ティンパニのディミヌエンドが見られるかもしれない。

さてメンゲルベルクの演奏だが・・・

予想は、ある程度していたものの、こういう演奏は今では全く見られなくなってしまった。
この演奏に比べれば、世の中の全ての第9演奏がザッハリッヒにさえ思えてくる。

メンゲルベルクの演奏を、良くロマンティックという言葉で語ることが多いようだが、はたしてそれだけでこの演奏における彼の特徴が言いあらわせるだろうか。

それは甚だ疑問であると同時に、いままで彼が「ロマンティック」な演奏指揮者という一言だけで、片づけられてきた感があることを、もう一度見直さなければならないのではと思った。

小生の予想の範囲を超えた、アップテンポで終始通した演奏と、予想通りのルバート、ポルタメント。
楽譜を改ざんしたかと思わせるようなトランペットのでしゃばり。
アツと驚く、終楽章コーダの仰天のリタルランド。

こんな点からして、「ロマンティック」な演奏・・・そう位置づけらてしまったようで、言葉を換えれば「古い演奏スタイル」である・・・そう言っているようにも聞こえるが、しかし現在このようなスタイルの演奏は皆無だけに、小生には逆に新鮮に聞こえた。

楽譜原理主義的演奏や、ピリオド演奏が主流の様相を呈しているが、そのことは指揮者の総合的な技量がずいぶん狭くなってきたことを物語るとは言えないだろうか。

作曲家に変わる・・・あるいは楽譜に書かれないが、「こうあるべき」といった真のカリスマ的指揮者の不在が(このことは指揮者本人だけが招いた結果ではないと思うが)現代の演奏様式を模索しきれずに、自分を客観的にとらえざるを得ない過程で、(それが新しいと勘違いしているようなことが見受けられるのだが)楽譜原理主義的演奏や、ピリオド演奏に回帰しているのではないだろうか。

メンゲルベルグをはじめとする、彼らの時代の演奏のいくつかを聴くと、指揮者のカリスマ性がなくなってきていることを、音楽自体から気がつくことが多い。

言葉を換えれば、聴いていてこの演奏は誰誰の演奏だ・・・そういう風に演奏者を特定できるような特徴を華々しく持つ演奏が、実に少ないということになる。

現代では演奏様式というものは感受することが可能なものはなく、まして個人の演奏様式スタイルも、その特徴があまりなくなってしまったように感じられる。

小生は・・・演奏スタイルの歴史は、多少のアレンジこそあれ、おそらく繰り返すように思うから、そのうち18世紀の伝統を色濃く受け継いで、その上で自分の特色を色濃く出した演奏が、再びもどりそして脚光を浴びる時代が来るものと予想している。

複製芸術時代になってから、たとえばこのメンゲルベルクの演奏のように、あくの強い演奏はいつも繰り返して聴くには少々重たいと感じる方も多いと思うし、またそういう演奏技術以外のところで、演奏をやんわりと規定する力が働くのではないだろうかと思うこともある。

そのためか、ライブと録音でかなり毛色の違う演奏をする指揮者(いちばんよくわかるのは、テンポとリピート)も見受けられるが、これなどは再生音楽、すなわち繰り返し何回も聞くという所から、演奏自体が規定された証拠かもしれない。

メンゲルベルクの第9はライブ演奏の録音である。
しかしこの時代には、先ほどのライブと録音における演奏の違い等は考慮しなくてよい時代でもあったと推測できるから、ライブだから特別あのような演奏をしたわけでなく、メンゲルベルクの特徴が大いにあらわれている演奏であるといえよう。

彼はナチスとの関係が純音楽的評価に影響されるのか、毛嫌いする人も見受けられるが、そのことは分けて考え、やはり音楽そのものを聞いてあげるべきだろう。
小生は彼のスタイルは好きであり、近年現代を通じての物足りなさを十分補ってくれる演奏であるから、今まさに再評価するべき演奏であるものと確信している。

細かいことだが、バリトンあるいはバスのレチタチーボ、「テーネ」を「F-F」でなく「G-F」と歌わせることも、気に入っていることだ。

トー・ファン・デル・スルイス(ソプラノ) スーゼ・ルーヘル(アルト)
ルイ・ファン・トゥルダー(テノール) ウィレム・ラヴェッリ(バス)
アムステルダム・トーンクンスト合唱団
オランダ王立オラトリオ協会合唱団
アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
ウィレム・メンゲルベルク:指揮
1940年5月2日ライヴ

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by noanoa1970 | 2009-12-19 11:02 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)