往年の演奏録音を聴いていて

数ヶ月前、自分の耳の訓練にと、買いためてほとんど聴いてなかった、歴史的演奏録音を、ブラインドテストのごとくアトランダムに取り出し、その音楽的特徴そして出来る範囲でそういう演奏スタイルの持ち主が誰なのか、と言いうことを推理する時間をかなり長く持ったことがあった。

今までのほとんどが「誰誰の演奏」ということを周知の事実として聴いてきており、中には・・・小生の場合はまれであるが、事前に解説などの諸情報を得たうえで聴くこともあったが、やはり「先入観」という厄介者が存在することに気がつき、一度そういう不純物を取り除いて聴いてみたらどうなるのかが興味の的であったからだ。

1つの演奏を、数回にわたって聴くという手間がかかったが、誰の演奏であるかを推理するには、それなりの時間と労力が必要になる。

しかし結果は・・・誰の演奏であるかについては散々であったが、楽曲のいわゆる演奏解釈についてはかなり見通せるようになって来たと思う。

そんなわけで多くの1930年代から50年代までの古い録音を聴いたわけだが、どうも小生の耳がそういった古い録音に慣れてきたらしく、40歳代まではほとんど見向きもしなかったSP時代の録音・・・東芝のGR盤は少しは所有もしているが、その頃は「オーディオ」というこれも厄介者に凝っていたためか、録音の良いとされるステレオ盤に目が向いてしまった時代があった。

50歳代になり、「オーディオ」は、・・・満足度の高い音が出るようになってから、足が遠のいてきて、そうなると今度はオン盤のチョイスポイントは「録音の良さ」<「演奏自体の良さ」に重きを置くようになった。

そういった背景もあって、小生の少年時代・・・すなわち1960年代に残された録音に目がいくように成り、前回の往年の録音もその延長線上にある。

小生が特に興味があるのは、冷戦下の東ヨーロッパ、特に東ドイツを中心に活躍した演奏家たちで、彼らの音源は、西ヨーロッパやアメリカに、だから日本においてもほとんど紹介されることがなかった。

少ないながらコロムビアだけが、細々と東ドイツやチェコの演奏家を音盤にしていて、コンヴィチュニーはそのおかげで知りえた演奏家である。

最近ではかつての冷戦下の東ヨーロッパの音源が相次いで復刻されつつあるのは、実に喜ばしい。

さらにそういったものを含む古い音源が、版権切れとなり「パブリックドメイン」にUPされ、誰でもDLして聴くことが可能な時代になった。

小生もここ数カ月これにお世話になっているが、中にはマニア垂涎の音源も相当数あって、しかも無料で享受できるのだから、こんな幸せなことはない。

心配していた「圧縮」による音の劣化も、録音自体が古いだけに、心配は取り越し苦労で、むしろパソコン煮取り付けた「アクティブスピーカー」(程度の良いものは必要であろうが)でも十分・・・というより、むしろそのほうがあっている。

こういう音源をメインオーディオシステムで聞けば、すぐに不満が出るのは容易に推測できるが、やはり適切なものを選択しなければならないにしろ、程度の良いアクティブスピーカーは、下手なミニコンやシスコンよりもずっと良い音がする。
周波数レンジ等を欲張ってなく、これら古い録音を聴くのにはもってこいだともいえる。

小生はやったことはないが、今はやりのポータブルオーディオ装置でしかもイヤホーンで聴くと、多分不満は出るであろう。

こういう古い録音は、スピーカーから出る音を聴くのがよいと小生は思っている。

録音が古くても概してソロ・・・ピアノ、バイオリン、チェロは概して録音がよい、というよりうまく録音できるのだろう。

小生もかつてそうだったが、古い録音を嫌ったり、あるいは録音が・・・音が悪いからと、毛嫌い尾する傾向は、今の人にも多い。

かつてのクラシック音楽の掲示板でも「ステレオで」お願いしますのように、。お勧めの演奏を依頼するときに、そのような注意書きが書かれることをちらほら見かけた。

多分その傾向はあまり変わらないのだと思うが、「パブリックドメイン」がそのような食わず嫌い払拭となるや否や。

DLした人へのアンケート調査があると面白いのだが・・・・

往年の録音が単に歴史的録音という範疇から抜け出て、その演奏内容にわたって再評価されることを望むものである。

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by noanoa1970 | 2009-12-03 16:14 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)