マリヤ・ユーディナのモーツァルト23番の協奏曲

この人は、スターリン時代に活躍した女流ピアニストである。
あの暗い粛清下の、社会主義リアリズム芸術環境の中の人でもある。

音楽院ではショスタコーヴィッチと同期だったともいう彼女は、熱心なロシア正教徒だったから、スターリニズムとは相いれなかったらしい。

エピソードによれば、あらゆるところで、体制に対し反逆的言動をし、当局から睨まれて、演奏活動もままならなかったと言う。

彼女は積極的な前衛音楽の推進者でもあったから、「退廃音楽」と、批判されたそのような音楽を評価推進演奏することも、体制から睨まれた原因だったのだろう。

面白い話があって、出所は「ショスタコーヴィッチの証言」を書いた、ソロモン・ヴォルコフによるものとされるのだが・・・・

スターリンはモーツァルトが好きで、特にピアノ協奏曲23番が好みだったという。
ある時、夜中に急にこの曲を聴きたくなったスターリンの為に、マリヤ・ユーディナを要請し、急ごしらえで演奏家たちを集めて、コンサートが開催されたと・・・。

スターリンは、このマリヤ・ユーディナをひどくお気に入りで、そのおかげで彼女は、いくつかの体制批判言動にも関わらず、他の多くの芸術家のように、粛清の対象にならずに済んだと・・・。

今日はそのマリヤ・ユーディナの23番を聴くことができた。
例のパブリックドメインには、数種類の23番があったが、聴きなれない演奏家だし、ただマリヤ・ユーディナとだけしか記述がなく、バックのオケも指揮者の名前も記載されてなかったので、しばらくDLをためらっていたのだが、モーツァルトのピアノ協奏曲の中で、最も小生の好きな曲の1つでもあるから、他の演奏とともに、一応DLしておいたのだった。

スターリン時代の演奏家の中でも、彼女ほどその名を知られてない人はいないと思われるが、それは多分彼女が西欧諸国と一切かかわりを持たなかった、いや持てなかったことが原因なのかもしれない。

彼女は、亡命をせずに、圧政下のもとで生き延びたのであった。
だから「スターリンのお気に入り」という逸話があるのだろうが、小生は話の出所が、あのヴォルコフだけに、手放しでは信用できないでいる。

モーツァルトが好きな人間が、どうしてあの非芸術的な悪しき社会主義レアリズムなんぞを振りかざしたのか、まったく理解できないのだ。

スターリンには「芸術」のなんたるかは理解できなかった・・・そう思わざるを得ない。

まして23番の、あの枯れた郷愁漂う2楽章がわかる人間は、芸術や芸術活動を、イデオロギーの下に置くはずがない。

そんな思いが重なって、彼女の23番を聞いた。

彼女のピアノテクニックの素晴らしさはすぐにわかるが、それ以上にこのモーツァルトは、いままで一度も味わったことのない特徴をもつものだ。

1楽章のテンポの速さ、そしてそれにも勝る終楽章のテンポの速さは、・・・今まで相当数の演奏を聴いてきたが、その中で最も速いのではないだろうか。

なぜこのように速く弾く必要があるのだろうかと、しばらく考えてしまったが、どうやらその答えは2楽章にあるようだ。

速、急、俊の両楽章に囲まれた2楽章は、これも今まで聞いたことがないぐらいに、テンポを落とし、およそモーツァルトらしくない、・・・まるでロマン派の音楽家を思わせるように、タップリと、ゆったりと、感情移入の限りを尽くしているのだ。

2楽章独特の・・・この楽章は、モーツァルトの音楽の中でも、ひときわ変わった音楽なのだと、小生はかねてから思っているのだが、晩秋の夜の森に、かすかに上った月明り・・・を彷彿させる・・・あのブラームスのクラリネット5重奏をも思わせるような、深遠な静けさの音楽を、さらにさらに助長するように、途中で音楽が止まるのではないかと思うように、テンポをことさらに落とす。

モーツァルトの演奏スタイルからは、かなり遠い位置にあると思われる、この演奏をあえて彼女がした理由は、本当に純粋な音楽上のゆえだったのだろうか。

この演奏によって、2楽章が「自然」ではなく、人生の「哀歌」あるいは「レクイエム」に聞こえてしまった小生には、どうしてもその真実と理由が知りたいのである。

そうなるとさらに、普通なら快活に聞こえるはずの終楽章も、「偽性の快活」に聞こえてしまって仕方がない。

スターリンの粛清時代という背景を差し引いても、なんとも不思議なモーツァルトであり、そうなると、彼女の他の演奏から、彼女の演奏スタイルを探索するしか道はないが、残念なことに、彼女の音源で残されていて、聴くことが可能なものは極端に少ない。

しかし大変興味深い演奏家であることは間違いのないことだ。
彼女の詳細情報の出現が待たれる。

驚くことに、熱心な隠れファンがいるようで、youtubeにUPされていた。
その中から、思いのたけを込めた2楽章を・・・・
バックのオケ、指揮者は判明しないが、多分彼女自身の弾き振りではないだろうか。
これだけテンポを意のま操れるのは、自分自身でしかないと思われるから。


[PR]

by noanoa1970 | 2009-11-16 10:24 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)