クリップスのモツレク

少年合唱団そしてボーイソプラノを起用したことで知られる、クリップスの…名演とされるモツレク。

以前から気になっており、入手対象にしておいたのだが、タイミング悪く、市場から消えてしまっていた。

どうしても聴きたかったが、ずっーと我慢してきたのに、こんなにもあっけなく、しかも無料でDLできるとは・・・
まるで夢のようである。

このモーツァルトのレクイエムは、未完ではあるが彼の最期の曲として、昔から人気があり、そして数々の演奏家たちによって、名演といわれるものも少なくない。

ケネディ大統領葬儀の音楽も、ラインスドルフによるこの曲で、再発不可能ということで、あきらめていたのだが、数年前復刻してくれた。

この音源などは、リマスターリングで復刻が希望される筆頭であろう。

ヴェルナー・ペック(B-S)
ハンス・ブライトショップ(B-A)
ヴァルター・ルートヴィッヒ(T)
ハラルト・プレーグルヘフ(Bs)
ウィーン宮廷合唱団
ウィーン宮廷管弦楽団
ヨーゼフ・クリップス(指揮)
【録音】
1950年6月、ウィーン、ムジークフェライン

ディスコグラフィーには以上が記されていたが、ウィーン宮廷管弦楽団とはおそらくウイーン交響楽団かウイーンフィルであろうが、弦の艶から推測すればウイーンフィルの可能性が高い。
そしてウィーン宮廷合唱団は、あのウイーン少年合唱団であろう。

同時にDLしたベーム盤、フィリッチャイ盤とともに聴いてみた。

クリップスの演奏は、女性陣の代わりに、少年合唱団やボーイソプラノ・アルトを起用したとぴうところにとどまらず、今まで聞いてきた数々の演奏と比べても、その違いは一目了然だ。

ほとんどの演奏家たちの多くが、この曲を厳しい宗教曲としてとらえている演奏にもかかわらず、クリップスの演奏は、「死者が天国に行けるようにと優しく温かく見守り祈る」・・・死を悲劇的なものではなく、後年の・・・死による救いや死への憧れのような雰囲気を持つ。

これはけっして、少年合唱団やソロの起用にその要因があるわけではなく、クリップスという指揮者の持つ基本スタンス・・・モーツァルトでもベートーヴェンでも見せたあの温和な、柔和な表現、それがここでも生かされている。

よくクリップスを称してウイーン風とかウイーン的だというが、多分そのようなくくりでは彼の音楽はとらえられないであろうと、小生は思っている。

このあたりさらに検証する必要があるだろう。

クリップスと言えば、小生が初めて自分で購入した「運命」は、17センチ盤2枚組というものであった。

最近ベートーヴェン交響曲全集が、悲しいほどの廉価で復刻発売されたが、いすれもオーソドックスな演奏でありながら、1味も2味も違うその音楽には非常に好感が持てるものであった。

一体こういう音楽表現の原点がいかなるものなのか、深く探れるとよいのだが・・・

少年合唱団の、そしてボーイソプラノおよびアルトの少々不安定な歌唱力にもかかわらず、それをあえて起用した彼の意図は、ほんのり推測できるが、ここはあえて記さないことにする。

ただ、女性合唱やソロの・・・どうしても隠せないビブラート・・・これは小生もこういう歌手陣の演奏は苦手であるのだが、彼の音楽性から推すると、それを避けたのかもしれない。

モーツァルトを聴いているというより、このクリップスの演奏は、フォーレのそれを聴いているかのような錯覚さえ覚えることがあり、このような錯覚は、他の演奏家では一切なかったことをつy家加えておく。

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by noanoa1970 | 2009-11-09 10:32 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(2)

Commented by maru33340 at 2009-11-10 07:26
はじめまして。maruといいます。友人はんきち君がこちらのブログを紹介してくれました。経歴、趣味等共通点が多いようです。またおじゃまさせていただきます。よろしくお願いします。
Commented by noanoa1970 at 2009-11-10 10:41
maruさん訪問ありがとうございます。
共通するところ多いとのことで、とても楽しみなことです。こちらこそよろしくお願いいたします。早速リンクさせていただき、これからブログ拝見させていただきます。