11月の森

イギリス近代音楽の中で、小生が好んで聴くBAXという作曲家がいる。

気がつけばもうすぐ11月、月日のたつのは実に速いものだ。

久し振りに聞こうと思い立ち、ランダムに探したBAXのCDは、交響詩が収録されているものだった。

有名なティンタジェルが収録されているが、「ファドの園」「幸福の森」「松の木が知っていた」に加えて「11月の森」が収録されており、季節がらにと思い聞いてみた。

BAXの音楽の表題は、いかにもアイルランドやスコットランドあるいは北欧を彷彿させるようなもので、詩的なものが多い。

「11月の森」しかも、アイルランドやスコットランドのそれは、一体どのような装いなのだろうかと、思いを巡らせるのだが、多分BAXが曲に秘めた思いはそれら自然だけではない。

カトリック教徒にとって11月は特別な日であるらしい。
それは、11月1日を「万聖節」:「諸聖人の日」とすることである。
したがって、アイルランドをやんわりとカトリックに変えていった、あの聖パトリックや 聖コロンバン などの聖職者が祀られる日でもあろう。

しかし11月はそれだけではない、11月2日は「死者の日」、すなわち、全ての死者の魂のために祈りを捧げる日である。

この日はおそらく、キリスト教が入ってくる以前の宗教文化の…先人の聖者たちをも含めた「死者」を思いだし、彼らのために祈る日でもあるのだろう。

ドルイドの聖者は森の聖者でもあるから、「11月の森」とは、自然賛歌でもあるが、かつてアイルランドやスコットランド地方の土俗宗教であったドルイドの神や聖人たちを思い出すという意図があったと小生は思っている。

新しい文化と宗教であるキリスト教と、古くからある土俗的な宗教文化の類稀な融合・・・BAXは単に、古を偲ぶばかりではなく、そのような歴史的宗教改革への讃辞を、自然賛歌とともにこの曲にしたためた。

したがってこの曲を、歌詞のない「レクイエム」としても聴くことが可能である。

・・・そんな気さえするように、小生は思ってこの曲を聴いた。

レクイエムや宗教音楽を書かなかったBAXだが、小生は「11月の森」をレクイエムとして聞くことにしよう。

冬も近い、風が強くなってきた森の中で、ドルイドの信者たちが集まって、異国の侵入に備える話し合いを持っている。

徹底交戦を主張する者、相手を受け入れ和睦に持ち込もうとする者、話し合いは難航し、気がつけば、夜が白々と明け、森には朝がやってきて、太陽の光がところどころ射し込んでくる。

結論が出ない長い時間が過ぎようとしたとき、ドルイドの長老が「この森を自然を、この国の民衆や遺産をなんとしても守りたい」

国が存続できるのなら、異国の・・・異教を受け入れてもいたしかたない。
国を守るため、これ以上他国の侵入をさせないためにも、ここは全員で改宗しよう。

改宗してもこの国の伝統文化をそのまま存続できるように、私が交渉してこよう。

反対する者も大勢いたのだが、戦争になって国が滅ぶことを考えれば、それしか方法はないと、半ばあきらめつつ従うことになった。

全員でドルイドの祈りを大自然と、先祖に捧げて、交渉の成立と、これからの国の運命が良き方向に展開することを、祈ったのだった。

森は冬の到来の予感が遠のき、全員に安寧の感覚がもたらされた。

・・・こんな想像をたくましくさせるような・・・・

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by noanoa1970 | 2009-10-27 09:46 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)