アーサーのブティックを知っているかい

加藤和彦の「アーサーのブティック」
まだ「ブティック」という言葉が一般的でなかった時代、虹や星屑を売っているんだ・・・と、なにかスペシャイティ溢れるお店のように聞こえたものだった。

そのころの京都・・・小生の活動範囲では、銀閣寺そばの、マンションの1階に「ZIGZAG」という店がいつの間にかオープンし、特定の人種だけが活用する場所となっていたようだった。

この歌は、フォークソングの雑誌に楽譜が掲載されたのを、それまで深夜ラジオで聴いていて、ピンとくるものがあったから、ギターで一生懸命弾いてみたが、どうも聴いた音楽とは違っていた。

何のことはない、印刷ミスで音符が2か所間違っていたのだった。

このようなミスは、結構多く他の曲でも記載ミスが散見されることがあった。

高度成長期の最後の時期ではあったが、一方まだまだノンビリしたいい時代でもあった。

作詞の「松山」の感性も去ることながら、加藤のリリシズムも多いに感じられるので、youtube
から拾って貼りつけることにした。

激動の68年から70年を京都で過ごした、男の死は、同世代の空気を吸ってきた人間には、特別な何かがある。

学友会委員長の某が、「悲しくてやりきれない」という歌が、はやっているが・・・・と、M館前でアジ演説をしていたのを思い出す。

タイトル名は、1969年アーロ・ガスリーが出演した「アリスのレストラン」からヒントを得えたものだと思われる。






ちなみにアーロガスリーが歌う「アリスのレストラン」は以下の通り。

「アリスのレストランでは、欲しいものは何でも手に入る・・・」と歌う。

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by noanoa1970 | 2009-10-20 09:17 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(2)

Commented by K平 at 2009-10-20 17:59 x
アリスのレストランは、レコードが先でした。
先にレコード(リプリーズレーベルが ビクターだった頃の 
SJETとかの品番で 確か1750円だったと思います)で買い、
映画は 後に深夜のTVで放映されたもので観ました。
レコード片面 同じ調子で延々と語りが続くので なかなか
また聴いてみようかと言う気に なりませんでした。
TVで観た映画も 筋を覚えてません。
一乗寺の下宿に 途中から入ってきた 私と同学年の男が、
当時の学友会の委員長でした。グリーンのコートにサングラス、
張りのある声で アジる姿は かっこよかったです。
しかし、サングラスを取った素顔は、失礼ながら「植木等」顔で、
あまりのギャップに 「あれ?」と ずっこけました。
この日曜日に 田辺キャンパス前(同志社前駅)を車で
通過しました。キャンパスへの上り口に ゲバ字の
立て看板は ありませんでした。時代は変わる・・・・
Commented by noanoa1970 at 2009-10-20 19:36
反戦映画の1つでしたが、日常生活に立脚した映画だったと記憶します。・・・40年以上たってますから、記憶が定かではないのですが・・・
劇中、アーロガスリーとピートシガー(だったと思う)が、共演で歌うシーンがあったと記憶します。
立て看が無いとは、余りもの変わりようですね。
今の学生は何を考えているのやら・・・
しかし、もっと切実なのかもしれませんね。