ハンス・ロスバウトとギーゼキング

本日より「ブラインドテスト」というタイトル表示をやめ、聴いて判明した演奏家の名前を記すことにした。

聴き方は今までと変わりなく、演奏家を明かさずに音楽を聴き、推理した結果と、事実が大きく隔たりがあることを確認するものだ。(本当に当たらなく、今まで多くの既成概念で音楽に接していたことを改めて思い知らされた)

しかしながら本日聴いたベートーヴェンのピアノ協奏曲1番。
バックはわからないものの、ピアニストは、多分「ギーゼキング」ではないかと予想した。

それだけギーゼキングのピアノは、特徴が無いことが特徴と言えて、それはまるで・・・喩は本当によくないと自分でも思うのだが、大胆に言えば、まるで機械が弾くピアノのようだからだ。

このピアニストは、この録音においてはそのことが顕著なのだが、全くミスタッチが無い。
モーツァルトのようにベートーヴェンを演奏し、また近代仏音楽のドビュッシーやラヴェルでよく見られるような、ピアノ演奏をしている。

感情移入の代名詞のテンポルパートは極わずか、コロコロと転がるようなピアノタッチは、聴いていてとても心地よい。

ベートーヴェンの演奏としては、稀有と言える演奏だと思うが、これは成功・・・小生の好む演奏だ。

バックの指揮者はというと、これもピアニストに匹敵するかなりのザッハリッヒな演奏をしていて、通常ならバックも、ピアノもこのような傾向が強いと、音楽に息が詰まってしまうことが多いが、この組み合わせは返って大成功といってよい。

ベートーヴェンといっても、3番以降の曲なら、このようなスタイルで通されると、首をかしげたくなると思うが、1番はまだベートーヴェンの先人の影響が強いから、ハイドン、モーツァルト的なザッハリッヒ解釈は、1つの方法であろう。

バックの指揮者は?と推理したが、思い当たらない。
初期のカラヤン?とも思ったが、カラヤン以上にザッハリッヒだから、検討がつかないのであった。

2曲目のリストの交響詩「人、山の上で聞きしこと」を聴いても、指揮者に思い当たる人物は、小生の中では無きに等しかったが、この曲を初めてFM放送で聴いたとき、小生はてっきりR・シュトラウスの作品だと思ったことを今思い出した。

初めて聞く曲の作者を推理するのもまた面白く、古典、ロマンあたりなら大体見当がつくことが多いが、「リスト」は、長い間、小生の「穴」だったから、交響詩は「レ・プレリュード」以外聴いたことが無かった。

それにしても、リストのこの曲、後期ロマン的な管弦楽和声が時々顔を出すかと思うと、古典的手法に舞い戻り、初聴きなのに、小生はそこに、人間の罪を裁く「神」の存在があるような感じを抱いていた。

多分そんなこともあって、R・シュトラウスの「ツァラトウストラ」のようなものを感じていたのだろう。

調べてはいないが、リストの影響をR・シュトラウスは多分に受けたのではないかと想像する。

「リスト」・・・改めてじっくり気か無くてはならない作曲家である。

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ピアニストは予想通り「ギーゼキング」。
たまには当てないと・・・
バック指揮者はハンス・ロスバウトでした。
小生、この指揮者の音盤は、カサドジュとのベートーヴェンピアノ協奏曲5番しか所有してないから、演奏スタイルについてはよくわからない。しかし1番の協奏曲を聴く限り、相当ザッハリッヒだと思う。
DGから選集が発売されているので、いずれ入手したい。
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by noanoa1970 | 2009-07-23 13:25 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(2)

Commented by こぶちゃん at 2009-07-23 14:38 x
ハンス・ロスバウトは現代音楽のスペシャリスト集団、旧バーデン・バーデン、現南西ドイツ放送交響楽団の指揮者で有名ですね。
あのピエール・ブーレーズにも影響を与えたとか…
Commented by noanoa1970 at 2009-07-24 09:23
古今のマエストロの中で、もっとも小生が聞き及んでない指揮者の一人でした。
古い指揮者でも現代音楽・・・どう時代の作曲家の曲をよく取り上げていることに、驚いています。クーセヴィッキーなども、その一人でしょう。再評価してしかるべき、現代の最新鋭の演奏スタイルが、既に形成された痕跡を発見するところ、しきりです。・・・と言おうことは現代の演奏家たちは、過去の演奏スタイル・・・(ザックリと3つに分類できるかと思われますが)、から1歩も変化していないようだともいえます。1930年代の録音の中にも、相当素晴らしい録音があることも、再認識させられました。